01. 青の洞門

電子書籍を書いています、楠田文人です。ブログを始めました。

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お話を書く段階で思い付いた伏線や、考えたアイディアは文中に書かなくてもお話を作る上で重要な要素です。
例えば、ホットケーキを焼くのに何を使うかで出来上がりが違って来ます。大きいフライパンだったり小さなフライパンだったり、炊飯器(きれいに焼けるんです)だったり。レシピと読んでいいのか判りませんが、材料の割合や味付けだけでなくそれが出来上がりに影響を与える。
お話を書く過程でも同じで、どれだけ構成を考えて関連資料を調べたか、いくつ面白い展開を考えたかなどがそれに当たります。お話が出来上がるまでには、そこいら中にお話の切れ端が転がっているので、燃えないゴミの日にまとめて捨てていますが、その中からお見せ出来るものをブログに残すことにしました。

お話を書く作業は、ストーリーを丁寧に進め、登場人物(人間じゃないことも多い)のセリフを繋げ、大きな絵を仕上げるようにこつこつ積み上げる作業です。一昔前は原稿用紙のマス目を埋めると言う表現を使いましたが、今は完成するまでこつこつキーボードを叩き続けます。それで思い出した。

「青の洞門」ってご存じですか。
 青の同門(Wiki)>>

 お坊さんがノミと槌だけで何十年もかかって、こつこつと難所の岩場に穴を開けて隧道(ずいどう)を完成させた話。「こつこつ」と言う音が岩場に穴を開ける音と似てる気がしたのと、少しずつ積み上げて完成させる感じがお話を書くことに似てる気がして思い出したのです。
子供の頃なので、青の洞門の話を何で見たのか思い出せませんが、子供向けの雑誌だった気がします。そそり立つ絶壁と、洞窟の中でロウソクを灯してお坊さんがノミと槌で岩を掘ってる挿絵を覚えています。

調べてみました。
この話は実話で、青の洞門は大分県中津市景勝地で知られる耶馬渓(やばけい)にあります。

 青の洞門 中津耶馬溪観光協会 >>

当時は絶壁を鎖に掴まって進むようになっていて、絶壁だから旅人がしょっちゅう足を踏み外して川に落ちちゃう。山の急斜面にも鎖場なんてのがありますね。
「あれぇ!」
ボッチャーン!
「助けてくれぇ!」
ダップーン!
叫びながら、ぼろぼろ人が落ちて行くのを見た全国行脚中の禅海小尚が、これはいかんと托鉢をして資金を集め石工を雇い、ノミと槌だけで三十年かかって百四十四メートル掘り進み隧道を完成させました。今ならクラウドファンディングを使うでしょうね。完成後は通行料を取ったそうな。

・一人で掘ったのではない
・ノミと槌だけで、って他の道具はないだろうに
・石工を雇っていた
・托鉢で予算確保した(いくら集まったのだろう)
・完成後はしっかり資金回収した

記憶と違う。いいんだけど。
何故だろうと思ったら、青の洞門を題材にした菊池寛の小説「恩讐の彼方に」と言うのがありました。こちらは創作で、不倫騒動から刃傷沙汰を起した市九郎が江戸から逃げる途中出家して了海と名乗り全国行脚の途中で見た絶壁に隧道をたった一人でノミと槌で掘っていたら藩から石工が派遣されたけど結局なんやかんやで市九郎一人で掘ることになり二十年近く堀り続けているうちに殺された男の息子が成人してしまい仇を探し回った挙句市九郎を見付けて仇討ちの勝負と迫ったが隧道が完成するまで待ってくれと石工頭に頼まれた息子は少しでも仇討ちを早めようと手伝ってしまい完成してしまい息子も感激して和解する、ってお話です(原作をお読みくださいまし)。

どうやら読んだのはこちららしい。子供の雑誌だから不倫騒動は端折ってありました。
しかし、あれこれ疑問が湧いて来る。

・ノミや槌はどこで調達したのか?
耶馬渓の休憩所でノミを売ってる訳がありません。近くに大阪府堺市岐阜県関市のような刃物の生産地はないので、当面使う分をどこからか買って来て取り掛かったのではなかろうか。そう言えば、全国行脚中だった禅海小尚はどこ出身だろう?
調べてみました。
越後国高田藩士の息子で浅草に住んでた。新潟県燕三条は刃物で有名だ。これを知ってたに違いない。燕市では包丁、鉋、ノミなど打刃物も生産していました。大分から新潟だから、船旅で日本海周りでところどころの港に寄って新鮮な海の幸を味わいながら里帰りして買って来たのでしょうか。
一方で「恩讐の彼方に」では

「彼は、石工の持つ槌と、鑿とを手に入れて、此の大絶壁の一端に立った」

あっさり一行で済まされていました(図書館で借りて読みましたよ)。

・堀った後の削り屑はどうなった?
多分、小石くらいの大きさの削り屑が相当出たはずです。現存する(古)青の洞門の写真を見ると、内部は立って歩けるくらいに見えるので、当時の日本人の身長は低かったはずなので、隧道の高さ百五十センチとして、幅六十センチ、全長百四十四メートル。掘り出した岩の体積は百二十九.六立方メートル。
一辺五メートルの立方体の体積は百二十五立方メートルだから、二階建てアパートの容積くらいの小石が出た計算になる。近所で庭や道に敷くのに使われた可能性は否定できません。

・ロウソクの明りで掘って窒息しなかったのか?
挿絵のイメージだと、ロウソクの明りを頼りにノミと槌で掘っていました。掘り進むに従って密室に近い状態になるので、一酸化炭素中毒にならなかったのでしょうか? それよりロウソクの消費量が半端じゃなさそう。
長さ十センチ、太さ一センチで燃焼時間約一時間。最大サイズのロウソクで燃焼時間約八時間。三十年間で限定的二酸化炭素排出量増大と隧道内恒常的気温上昇、ロウソク大量消費でそっちの方が問題になるはずだと思ったら、明り採りの窓があるらしい。ロウソクは使ってないことで納得。禅海小尚、ロウソクは買出しませんでした。越後で作ってたかな。

・掘るだけなのに石工は必要だったか?
石工は結構古い職業で、ピラミッド、ギリシャの神殿、ローマの街などにも携わっていますが、日本は木造建築が主流なので大工が活躍していて、石工の仕事は飛鳥時代の遺物や、お城の石垣、巨大建築の土台くらいしか想像付きません。石工の成り手がそんなにいなかったんじゃなかろうか。益して、ノミと槌で掘るだけだったら素人でも出来そうな気がするのだけど、わざわざ石工に頼む必要があったのでしょうか?
隧道は人一人がやっと通れるくらいだから、一人で掘るのがせいぜいでしょう。すると何人かで同時作業をするより交代要員だったのかも。

調べてみました。
そうしたら! 何と! あの、フリーメーソンの起源は石工組合だったらしい。フリーメーソンのシンボルマークがコンパスと角型定規になっていることからも判る。なるほど。石工組合からの要求で、最低二人一組での雇用を義務付けられたとか。フリーメーソンが青の洞門建築に関わっていた可能性はないでしょうけど。
石工の必要性は判らなかったけどフリーメーソンなんてのにぶち当たってしまった。そのうち石工をお話に登場させるかもしれません。

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「こつこつ」積み上げる、のサンプルのつもりで調べた青の洞門。今後のお話の参考になるようなことが判って、本人も驚いています。方向音痴が一人で掘り続けたらどこに繋がっちゃうのか、とか。
さて、考えあぐねているお話の展開を考えるか、それともビールにするか。