92.ビルさんと蜥蜴退治

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部屋の中でファイティング・ベーグルの操縦訓練をしばらく行った後、ビルさんが言った。
「連中が来るから外を飛ぶ練習をしておきましょう」
私は武者震いをした。
「はい」
「私に着いて来てください」
ビルさんはそう言うとベーグルを窓に向かって進ませた。私もそれに続く。
ギュィーン。ビルさんの乗ったベーグルは窓に迫る。窓ガラスにぶつかる! と思った瞬間ビルさんは呪文を唱えた。
「アンベルダ・ドノヴィーン・ベエラ・ガルダ
すると正面にある窓ガラスがすっと消えたのだ。ビルさんの乗ったベーグルはガラスが消えた四角い窓枠を器用に抜けて庭に飛びだしたので、私も後に続いた。表のベランダを飛ぶベーグルが二機。風が心地好い。
「連中が現れるとしたら庭の隅にある茂みの辺りです」
その辺りは低い木が集まっていて陰になった部分が多く、落ち葉が溜まってじめじめしているところだ。普段でも足を踏み入れたことはない。
「あの辺りの地面の中から出て来るんでしょうか?」
「ええ。連中が住んでいる地下と繋がった出口があるはず。多分あの土管」
ビルさんはそう言って庭の隅に近付いて行く。
「連中が出てくる前に操縦を練習しましょう」
そう言って、ビルさんは乗っているベーグルを自由に飛ばせているので、私も草の間を縫うように飛ばせた。いつもの庭が広い大草原に見える。本当は私達が小さくなっているのだけど。
ビュン! ベーグルに着いたレーズンを握ってエアガンを発射してチューリップの葉先に着いた蜘蛛の巣を吹き飛ばす。
「いいですね。大分上手になって来た」
「いつ頃、連中は現れるんでしょうか?」
「先手を打って地下に続く土管辺りをパトロールしましょう」
私はいよいよ戦闘と思うと武者震いが止まらない。
ビルさんは庭の隅に置かれた土管の方に飛んで行く。土管は花壇の横に3つ地中に埋められていて、地中に続いている。地中に棲む連中がそこから出入りしていると言うことだ。ビルさんのベーグルが土管に近付く。そのすぐ後ろから私が続く。
土管の縁に、土管の中から現れた手が掛かったのが見えた。黒っぽい吸盤のある小さな手だ。
「ビルさん! あれ!」
「現れたね」
両手が土管に掛かり、続いてぬっと現れたのは尖った顔だった。こちらは黒っぽい中に緑色が光る黒蜥蜴の光る顔だ。
「クェーッ」
黒蜥蜴は鳴いたかと思ったら土管からひょん! と飛び出した。
「わっ」
私は思わず腕で顔を覆ったけど、飛び出した黒蜥蜴は私の上を越えて地面に着地する。
次の瞬間ビルさんのベーグルからビュン! と発射音がして、地面に降りた黒蜥蜴の頬の辺りにエアガンが当り、黒蜥蜴は横に飛ばされた。
「ギェーッ」
蜥蜴は転がりながらうめき、宙を飛ぶ私達を睨んだ。

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「ギ、ギェーッ」
黒蜥蜴は声を上げた。すると続いて先程の土管の縁に掛かる三匹の手が現れた。先の黒蜥蜴に仲間が続く。
頭を出した仲間の黒蜥蜴は最初の奴同様に、土管から飛び出して土の上に着地する。私達のフライング・ベーグルを見上げる都合四匹の黒蜥蜴。
そのうちの一匹が飛び上がりビルさんのベーグルに手を掛けた。
「危ない!」
ビュン! 私はビルさんのベーグルに飛び付いた黒蜥蜴目掛けてエアガンを発射した。
ドン! エアガンは黒蜥蜴の腹に当り、黒蜥蜴は前足を縮めて地面に落ちた。
「ありがとう」
ビルさんは黒蜥蜴が飛び付いたので避けた格好のまま、ベーグルを左に傾けて飛んだ。下の地面には合計四匹の黒蜥蜴が我々を見上げている。そのうちの二匹は元気にビルさんのベーグルに飛び掛かって、でも届かないから前足が宙を掻いて、そのまま地面に落ちる。私は飛び付かれないように気を付けてビルさんの後に続いた。ビルさんが言った。
「連中を眠らせる薬を発射しましょう」
そう言うとビルさんはポケットから袋を取り出し、自分のベーグルの右手が届く辺りに設置する。ぴったりと最初からベーグルに設置されていたようなレーズンに似たボタンだった。
「あなたの分です」
ビルさんはもう一つ袋を取り出すと手招きするので、私は自分のベーグルをビルさんの横で並行して飛ばす。するとビルさんは横の私に袋を投げて寄越した。袋を受け取りベーグルの右手を置く辺りにその袋を置くと、他のレーズンのボタン同様にしっかり貼りついたボタンの格好をしていた。これで睡眠薬ボタンが装着できる。
「キェーッ!」
土管の中からまた黒蜥蜴の声が聞こえた。今までのとはちょっと違う感じだった。
そいつが顔を出す。他の四匹とは違い、色がまだ黒くなってはいないチビの黒蜥蜴のようだ。

91.ビルさんの魔法

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ビルさんに言われて連中が来る前の準備に入った。
「武器はどうしましょう?」
「これがいいでしょう」
ビルさんが指したのはサイドボードの上に置かれたパン籠だった。母が焼いた色々なパンを食べられるように入れてある。クロワッサン、ベーグル、バターロール、小さなバゲットなどだ。
「これを餌にして、連中を誘き寄せるんですか?」
「奴等は、パンは食べない」
そうだろうな。奴等が食べるのは、草や木の実のはずだ。それならどうして?
クェンティンも何かを探している風にサイドボードを歩き回っているが、さすがにパンには手を出さない。そうしたら何故武器と聞いた時にこれを指したのだろう。
「ベーグルがいいと思います。乗り易いでしょう」
ビルさんは私の疑問を意に介さず続けた。
「それでは呪文を掛けましょう。ここでまっすぐ立ってください」
ビルさんが言う。私は言う通りビルさんの前に足を揃えて立つ。私の頭の上に手をかざすと
「メーニン・アエイデ・テア・ペーレイアデオウ」
と呪文を唱えるビルさん。辺りがきらきらした光に包まれたかと思うと私の体は急に小さく縮んでいた。ビルさんが巨大に見える。
ビルさんは私をそっと持ち上げてパン籠の隣に立たせた。パン籠も二階建ての家くらいに見える。そして続いてビルさんもしゅーぅっと縮んで私と同じくらいになった。
サイドボードにくっついた壁に沿ってクェンティンが歩いてる。ビルさんはクェンティンに向かって両手を広げて
「メーニン・アエイデ・テア・ペーレイアデオウ」
と呪文を発すると、次の瞬間クェンティンはしゅーっと縮こまって私達と同じ小ささになった。
「連中が現れる前に準備しましょう」
そう言うとビルさんはパンの入った籠に近付いた。
「これがいでしょう」
そう言うと籠に入っていたベーグルに粉を振り掛ける。ベーグルが重力を無くしたみたいにふわっと浮き上がった。続けて隣のベーグルに粉を振り掛けて言う。
「こっちのベーグルはあなたが使えばいい」
そう言ってビルさんはベーグルを浮き輪に座るように、真ん中の穴にお尻を落として座った。私もビルさんの真似をしてベーグルに填まった。それを見たクェンティンは私のベーグルに飛び乗る。
「このベーグルは私達の思うがままに動きます」
そう言ったかと思うとビルさんは、縁に散りばめられたレーズンを握った。ビルさんの乗ったベーグルがふわっと浮き、ゆっくりと進んで行く。
「レーズンが操縦桿の役をしてくれます。前に押すと前進、手前に引くと停止と後退」
ビルさんはベーグル操縦法を大声で叫びながら操縦してみせる。私も前進、後退と試して部屋中を飛び回った。ビルさんは後ろを振り向いて言う。
「このファイティング・ベーグルで連中が襲って来るのを食い止めましょう。もう少し練習を」

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ビルさんが乗ったファイティング・ベーグルは部屋の中を縦横無尽に飛び回る。私も襲って来る連中に遭遇する前に飛び回るための練習をすることに決めた。
『右と左のレーズンが操縦桿なんだっけ?』
私はベーグルに深く腰掛けてレーズンをゆっくり掴んだ。するとベーグルはふわっと宙に浮かび前に進む。同じくレーズンを左に倒すとベーグルは左に旋回し、前に倒すと速度が上がる。

「レーズンを握るとエアガンが発射されます」
ビルさんの乗ったベーグルの先端から、ビュン! とエアガンが発射され、花瓶に生けてあったチューリップの葉の先端を小さく弾き飛ばした。
私も真似をしてきゅいんとベーグルを回転させて向きを変え、チューリップの葉の先端を狙って、ビュン! とエアガンを発射して小さく弾き飛ばした。
「よくできました。これなら連中が襲って来ても対応できるでしょう」
我々は連中が現れるだろうと思われる窓側を警戒して飛び回った。

 

90.寒い日はお汁粉に限る

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突然台風がやって来て雨と風で寒い日が続きます。こんな日は暖かいお汁粉が一番。縁側や廊下だと寒いので部屋に入って畳の上で頂くのがよい。まったりと汁粉を頂いていると猫のクェンティンがじっと見詰めている。
「何だ!? クェンティン。お前も欲しいのか?」
「にゃあ」
「猫が汁粉を呑むなぞ聞いたことがないぞ」
「にゃわ」
私は汁粉を飲む手を休めて椀を机に置いた。自分の分を持って来て貰えると思ったクェンティンは行儀を正して待っている。私は台所に行き、小さな椀にクェンティンが飲めるだけの汁粉をよそって持って来た。
「にゃあにゃあ」
持って来たお盆を見たクェンティンは「早く寄越せ」とばかり待ちきれない様子でくるくる回っている。
「はい」
私はお汁粉を入れた小さなお椀をクェンティンの食べ物が置いてある皿の横に置いた。クェンティンはお椀に飛び付き、小さなお椀の真ん中を嘗めた。一頻りお椀を嘗めてから、次に中に入っているお汁粉の手前を嘗めた。まるでお汁粉を逃がさないとばかりに逃げ道を塞いでいるような感じだ。今度は中のお汁粉の右側、左側を嘗めて周囲の活路を分断した。そしてゆっくり真ん中に残ったお汁粉本体を味見している。
どうやらクェンティンは初めてお汁粉を食べたようには見えない。やはり只の猫ではないな。するとピンポーンとチャイムが鳴った。
「はい」
「こんにちわ」
ビルさんだ。
「どうぞ」
ビルさんは近所に住んでいる、見た目は普通の紳士だけど実は蜥蜴が化けている人だ。化けてると言っても我々に危害は加えるためではないので特に気にはしていない。都合上、人間に化けているらしい。
「今日は?」
「お宅からお汁粉の匂いがしまして、気になったものですから」
「一口いかがですか?」
「お相伴させていただけますか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
ビルさんは喜んで上がって来た。クェンティンは誰が来たかと部屋から廊下に出て来て、ビルさんの足の匂いを嗅いでいる。

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「やはりお宅のお汁粉は一味違いますね」
「おや、そうですか?」
「何と言うか、味で語りかけて来る感じがします」
お汁粉にそう言う味を考えていなかった私は驚いた。もう少し続きを聞いてみよう。
「例えばどんなことを語りかけている感じなんですか?」
そんなことは作ったから判っているだろうと言われたらお終いなのだが。
「強さを感じさせます。押さえられた甘さが返って芯の強さを表現しています。お宅の猫さんも気付いていらっしゃるようですよ」
クェンティンにも判っていたのか、あの態度はそのせいだったか。
「ビルさん、お願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「このお汁粉を狙って連中が襲って来る気がするのですが…」
「そうですね。この匂いは外にも漂ってる。来ることを準備しておいた方がいいかもしれませんね」
と言う訳で、私とビルさんは連中を迎え撃つ体制を取ることにしたのだった。