68.何となく前回の続き

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ドアが開いた続きを考えました。

白いペンキの剥げかかったドアが開いて、暖かそうな茶色のコートを着た男が入って来た。靴が雪を踏む音を立てた。ささくれたドアに雪が溜まって行く。肩に付いていた粉雪が、室内の暖かさに消えた。

「いらっしゃいませ。雪が降って来ましたね?」
カウンターに立っていた髭のマスターが声を掛ける。
「まだぱらぱらですよ」
男は答え、奥に座る女性の席に行った。店に他の客はいない。
「頼んだの?」
男はコートを脱いで、向かいの席に座った。
「来てからにしようと思って」
「頼んでないの?」
「ええ」
マスターが水とお絞りをテーブルに置いた。
「何になさいます?」
「生ビール。中ジョッキふたつ」
男はメニューも見ずに言う。店に慣れている感じだ。
「毎度ありがとうございます」
マスターはカウンターの中に戻って棚からジョッキを出した。
男が席に着くと女性は紙挟みを取り出して書類を広げた。
「まだこれだけか?」
二枚目、三枚目と書類を見た男が言う。
「返事が遅いのは年末に近いからだと思うわ」
「まあ、仕方ないか」

ジュワッ、ジュワッ!

マスターがジョッキをカウンターに置き、エプロンを脱いでいる。
「済みませんね。樽が終わっちゃったんで、新しいのを取って来ます」
そう言ってカウンターを出てドアを半分開けた。
「うっ、寒い!」
雪の降り方が強くなったらしい。この時期なのに、半袖ポロシャツとベストと薄着のマスターはビニール傘を差して表に出て行った。
「新しい樽を取りに行ったの?」
「そうだろう。あの格好だから近くの倉庫に置いてあるんだろう」
二人は窓の外を見た。粉雪だったのが本降りになって来た。
「綿貫さんは飯塚さんから連絡してくれるって。こっちの法学部の人は村元くんに頼んだ」
「この分は経済の連中に頼めばいいか」
二人はリストを見ながらテキパキ作業を進める。女性がコップの水を飲んだ。
「ビール頼んだんだよ」
男が咎めるように言い、女性は慌てて止めてコップを置く。
「いっけない! マスターはまだ? あっ!」
いつの間にか窓の外に広がる雪景色。レンガ塀の上に積もる雪。止めてあった車に雪が積もり始めている。静けさの中にチェーンを撒いたタイヤの音が急に大きく聞こえて来た。
「ありゃぁ! こんなに降ってたんだ」
男も手を止めて外を見た。
「マスター、雪で戻れなくなったのかしら…」
「そう言や遅いね」
「大丈夫かしら」

--- マスターはどうしたんだろう。ここで事件が起きるか、状況が変わらないとお話が展開しませんね。例えば、

ガチャ。
溜まった雪を押し分けて男が入ってきた。
ドッ、ドッ、ドッ。
男は頭や肩に積もった雪を振りはらい、窓際の客に聞く。
「マスターは?」
「ビールの樽を取りに出て行きましたよ」
「そうですか」
男はカウンターの席に座り、重ねられた灰皿の山から一つ取った。

 --- こんな感じ。常連らしき人が入って来ました。もっと客を増やそう。

 ガチャ。
「寒~い」
ザッ、ザッ。
また客が入って来た。今度はカップルだ。ヒマラヤにでも登るのかと言うほどの厚着をしている。
「マスター、いないわね?」
「どうも」
「あ、どうも。マスター、外に行ったのかな?」
男はカウンターを見た。カウンターの男が会釈して、入ってきた二人はカウンターの隣の席に着く。
ガチャ。
また客だ。今度は寒そうなスーツ姿の男だ。書類入れを持った手が震えている。先に入ってきた客に挨拶してるのか、寒くて頭を震わせているのか区別が付かない。
その後も客は続き、マスターがいないのに、店はあっという間に満席になって仕舞った。店内は賑やかで飲んでもいないのに会話が飛び交う。
ヒマラヤの男が立ち上がった。
「済みません、済みません。ちょっと話を聞いてください!」
客は何事かと静まり返った。
「今日はマスターの誕生日なんです」
「おおー!」
店内は拍手で盛り上がる。
「そこで、うちのかみさんと考えました」
ヒマラヤの男は、真っ赤なリボンが結ばれた青いプレゼントの袋を掲げた。
「一度、マスターに何が好きか聞いたことがありまして」
客達の期待は高まっている。
「こうなるとは思わなかったね?」
窓際の席に座った男が小さな声で女に言う。女は激しく頷いている。
ガチャ。ドアが開いた。
「あっ!」
「どうした!?」

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--- ドアが開いた後、全く違うパターンだとどうなるか。

 ガチャ。ツッ、ツッ、ツッ。ブルブルッ。
溜まった雪を押し分けてキツネが入って来た。キツネは頭や肩に積もった雪を振りはらい、こちらをチラっとみてカウンターの席に座った。驚いた女は目を丸く見開いて言葉をなくした。
キツネはとても行儀がよく、背筋がまっすぐに伸び、顔は正面を向いてじっと座ってマスターが戻るのを待っているように見える。
それを見た男と女も、なんとなく背中を伸ばして座りなおした。マスターが飼ってるキツネなのか、それともお客のキツネなのか、マスターが戻らないと判らない。
ガチャ。ドアが開いた。
「あっ」
女の驚いた声を聞いて男がドアを振り返る。
「あっ」

キツネの登場するお話を書いています。
 金色のキツネが登場する「東多魔川鉄道物語」はこちら >>
さあてどうしよう。

67.短編集を考える

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いくつか短編集を書きました。
「七道奇談」 >> こちら
「戯神」 >> こちら
「胡乱五話」 >> こちら
「七彩抄」 >> こちら
「長靴を嗅いだ猫」 >> こちら
「電柱人」 >> こちら
短編ひとつ書くのと、短編集として考えるのとでは、構成の仕方が違います。
短編なら、イントロの面白さで惹き付け、起承転結を考えて、ひとつかふたつ捻って予想外の結末で終わる。ものによって変わりますが、大体こんな感じで進めるようにします。
短編ひとつなら上記の方法で楽しく書けるのですが、短編集の場合は最低でも全五編とか七編とかなくちゃだめなので、セットで考える必要が出て来ます。関係なく溜まったら短編集として出す、って手もありますけど、それじゃ寄せ集めになっちゃう。
例えば「七彩抄」の場合は、色や光を感じられるお話にしようと思いました。「七道奇談」の「衣魚」で、イントロの風景や虎の現れるシーンが映像的に感じられるよう留意したので、その雰囲気を全編に持たせたいと思いました。
「蒼池」の雪山のシーンがそうです。「哀妹」で音が固まって粉になって、きらきら落ちるところもそうです。ただ、余りやり過ぎると「最初から映像作品にすればいいじゃん」ってことになるので、文章だからこその映像が望ましい。
お話なので、読みながらあれこれ想像する、もしくは想像してもらうことを前提にしています。きっちりイメージして欲しい時は、きっちり描写し、読み飛ばして欲しい時はさらっと書きます。こんな風に。

さらり版:
「ドアが開いて、コートを着た男が入って来た。肩に付いた雪は部屋に入ると消えた」

きっちり版:
「白いペンキの剥げかかったドアが開いて、暖かそうな茶色のコートを着た男が入って来た。靴が雪を踏む音を立てた。ささくれたドアに雪が溜まって行く。肩に付いていた粉雪が、室内の暖かさに消えて仕舞った」

「長靴を嗅いだ猫」「電柱人」は、力の抜けたお話を書きたいと思って作りました。もちろん書いてるうちに違う方向に行って仕舞ったのもありますが。こちらは特に映像的に留意していません。
何故、力の抜けたお話かと言えば、「月龍」とかを書いていると頭の中が緊張してる感じで、それで力の抜けたお話を書きたいと思ったのかも。
 「月龍」はこちらへ >>
不思議なもので、2、3 話くらい書くとそのテーマの頭になって来ます。寝ても覚めても頭の中はそのテーマで一杯になってる。この状態で他のテーマを考えるのは難しい。

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「七彩抄」のように、色や光を意識したお話はまた書いてみたいと思っています。そう言えば書いてみたいお話がたくさんあるなぁ。

66.ここ掘れワンワン

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「花咲か爺さん」が拾って来た犬が、畑で「ここを掘れワンワン」と吠えるので掘ってみると、大判小判がざくざく出て来た。

「ちょっと待ったぁ」
「どうした?」
「犬が『ここを掘れ』と言う時に、『ワンワン』と吠えるだろうか?」
「?」
「この地面の一角を掘って欲しい、と飼い主にねだる場合『ワンワン』は言わないだろう? ワンワンはどちらかと言うと威嚇の意味が含まれる」
「言われりゃ、そんな気もするが」
「掘って欲しいと鳴くなら、クゥーンだろうな。『ここ掘ってよ、クゥーン』」
「童謡はどうなってたっけ?」
「『裏の畑でポチが鳴く 正直爺さん掘ったらば』鳴き方は表現していない」
「う~む、そうか」
「兎に角だ、拾って来た犬を畑に連れて行ったら、地面を見て、わんわん吠えた。爺さんは、地面の中に何か妖しい奴が潜んでいるのではないかと思うのが自然だ」
掘っていると、土中からぬわーっとタコの怪物が現れる様子を想像した。こいつは「土蛸」と言って、ドタキャンが得意だ。
「成る程。ちょっと聞いてみよう」
「誰に?」
「三月堂さんに」

三月堂さんがやって来た。

こんちは。二人して何してんの?

「三月堂さんに犬の視点から聞きたいんだけど、花咲爺さん、ってあるじゃん。あれってさ、拾って来た犬を裏の畑につれてったら、ここ掘れワンワン、って吠えたんだけど、犬としては、裏の畑につれて行かれて、土中に何かあることが判ったとして、掘って欲しくてワンワン吠えるものかね? 掘って欲しかったら、ここ掘ってよ、クゥーンって鳴くんじゃないの?」

 「鼻先案内犬シリーズ」はこちら >>

うーん、そうかもしれないけど、でも、つれて来た爺さんが気付かないで先に行っちゃってたら、戻って掘って欲しくて、ワンワン吠えると思う。

「それは考えなかった。注意を引こうとしたのか!」

鼻先を土に付けたり、前足でちょっと掘って見せて、だめだこりゃ掘れないな、掘ってみてよ! って仕草をしたんじゃないかな。

「でもさ、するってーと、この犬は何が埋まってるのか知ってたのか?」
二人は一瞬ドタキャンが潜んでいる土中を想像した。よくある断面図。

僕は鼻先案内犬だから他の犬と一緒にしないで欲しいけど、何が埋まってるくらい判るんじゃないだべか?

「何が埋まってたんだろうね?」

そだねー。あ、ごめん。行かなくちゃ。

「どうしたの?」

「鼻先案内犬シリーズ」の、次のお話が進んでるんだ。もうすぐ出番だから。じゃあね。

そう言って、来たばかりなのに三月堂さんは行ってしまった。

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お話を作る側では、何が埋まっていると面白くなるか、とか、何が出て来ると予想外の展開になるか、と言う観点で考えるでしょう。何だといいかな。