64.続・限定的念力

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「60.限定的念力」の続きです。長くなって仕舞いました。

朝倉と学食に入って行くと平井がいた。赤いポロシャツを着て、こちらを見付けて喜んでいる。
「いいところで会った、戸田に朝倉。頼みがあるんだ」
「頼み?」
着物姿の朝倉は周りの生徒に挨拶されながら偉そうに椅子に座る。着物に懐手をしていると貫禄があるように見え、年上と間違えるらしい。最近は侍の演技が混じって来た気がしないでもない。
「実は限定的念力の仕合いを申し込まれて、助っ人を二名連れて来ていいって言うんだが、戸田と朝倉なら侍の日で来てたから、普通の人より仕合いの経験があるだろうと思ってさ」
自分達は普通の人間で仕合いなんか経験したことがない。どうしようかと迷っていると朝倉が問いただした。
「拙者は構わんが。して、相手は?」
侍が板に付いて来て発想も侍になっているみたいだ。仕方ない。
「同じく五級を取得した木下って言うやつで、僕と違って天狗の団扇の念力遣いなんだ」
「天狗の団扇?」
「そんなのがあるんだ」
「あるんだよ。天狗の団扇の力でものを運べる。出前で使われているらしい」
また食べ物か。
「へえ!? それも念力か」
「どんな仕合いなんだい?」
「イタリア料理の出前勝負だ。交互にピッツァを運んで、それに途中でタバスコをかける。かけられたら負けで、かけられなかったら勝ち」
「天狗が相手でござるか?」
「そうでござる。基い、そうだ」
朝倉の侍言葉は伝染するらしい。

どこから聞き付けたのか、駅前商店会会長がやって来て、駅前広場で仕合いをしないかと言った。木下側には既に了解を取ってあると言う。駅前商店会は集客に最適と考えたに違いない。断る理由がないため承諾した。

当日、駅前広場に行くと、タコ焼き、焼きそば、綿あめなどの屋台が立ち並び、貴賓席の簡易テントまで用意されていて、結構な人だ。手前のテーブルはビールに焼き鳥があって爺さん達が既に盛り上がっている。
商店会会長に、我々が限定的念力の仕合いをすると紹介され、拍手と歓声が上がった。相手の木下達は既に来ていた。
「遅かったな、平井」
木下が進みでる。同い年くらいで両脇に二人助っ人を従えていた。
「済みませ~ん!」
突然、マイクを持ったインタビュワーが寄って来た。女子アナかタレントか。
「今日、駅前広場でお仕合いをされると言うことですが」
「誰だ?」
「○×テレビと言いまして」
「聞いてないな。邪魔だ!」
平井が天狗の団扇でふわっと軽く扇ぐと
「あれ~!」
と、インタビュワーは風に吹かれて飛んで行って仕舞った。観客はざわめいたが助けに行く者は見当たらない。

改めて向き直った木下が言う。
「まず、俺がこちらのテーブルからそっちのテーブルまでピッツァを飛ばす」
広場の両端に赤いチェックのクロスが掛けられたテーブルが用意されていて、その脇にはピッツァ焼き職人が立っている。
「そっちはタバスコを飛ばして、テーブルにつくまでにかけられればそちらの勝ち。かけられなければこちらの勝ち。タバスコは一回に三本まで使える。次にピッツァとタバスコを交替して同じ仕合いをする。続けてポイントを先取した方が勝ちだ」
「望むところだ」
木下と二人の助っ人は、こちらを睨みつけて広場の端に行った。我々も反対側のテーブルに行く。
「平井。何か策はあるのか?」
「ない。君達は木下や、飛んで来るピッツァに注意しててくれ」
「判った」
注意してるだけでいいのか? 全然、勝てそうな気がしないぞ。

「用意はいいか!」
広場の反対側のテーブルの、大きなマルゲリータピッツァを前にして木下が怒鳴る。平井は手のひらの上でタバスコの壜を浮かせながら答えた。
「いいぞ!」
木下はテーブルの上、大きなピッツァに近寄った。
「独りで食べるつもりだな?」
「違うだろ、朝倉! お腹が空いているのか?」
「ピッツァ一枚くらいなら、だうと言ふこともなし」
木下は天狗の絵の描かれた団扇でピッツァを扇ぐ。するとピッツァはふわりと頭の高さくらいまで浮き上がり、いきなり、しゅん! と、こちらに向かって飛んで来た。
「おおっ!」
観客はどよめいた。余所見をしていて歓声に驚き、ビールを零した爺さんもいる。
平井はピッツァを迎え撃つべく浮き上がらせたタバスコを空中に並べた。ピッツァは平たく飛んでいたが、途中で縦になった。
「平井! ピッツァを見ろ! ピッツァじゃない、チーズを見ろ」
朝倉が叫んだ。出来たてのピッツァが縦になって飛んで来る。溶けたチーズが滴り落ちて…。
「チーズが落ちてない!」
「ピッツァの占める空間の重力系は、ここの重力系と違って、ピッツァの底の方、つまり垂直方向にあるんだ!」
「天狗の団扇は、重力系のコントロールも出来るのか」
「だからチーズが溶けても落ちないんだ!」
「それがどうした!?」
平井は近付いて来るピッツァを見ながら叫ぶ。
「タバスコをかけた時、それがピッツァの重力系になければ、弾かれて仕舞う」
ピッツァの重力系は垂直方向のため、下はこちらから見て左になる。ピッツァの重力系内でタバスコをかけると左に落ちるが、周りの重力系では地面が下だ。当たり前だけど。
「ピッツァのある縦方向の重力系に入らなければ、タバスコは左に落ちて行かずピッツァにかからない」
「どうすればいいんだ!?」
「ピッツァの重力系に入るポイントを見極めろ!」
「ぎりぎりまで引き付けて、ピッツァの重力系に入ってからかけるんだ!」
平井は空中に浮いたタバスコの壜を一列に並べ、こちらのテーブル近くまでひきつけてから順番にピッツァ向かって攻撃を開始した。

しゅーん! ぺっ、ぺっ、ぺっ。

ぎりぎりに近寄ってかけたにも関わらず、タバスコの液は全てピッツァに届く前に弾かれて地面に落ち、タバスコ滴の染みを作った。ピッツァは何事もなかったかのように、ふわりとこちらのテーブルに降りた。
「もっと近付かなければだめだな」
「あれじゃピッツァ重力系に入っていないと言うことか」

広場の反対側で木下が勝ち誇ったように言う。
「俺の勝ちだ。今度はそっちがピッツァを飛ばす番だ」
「判った」
平井は横のテーブルのマルゲリータピッツァを見て、すっと手をかざす。ピッツァがふわりと浮き上がった。
ごくっ。
「うまそうだな」
唾を飲み込んで朝倉が呟く。僕も食べたくなって来た。
ピッツァは空高く上がって行く。
「おおっ!」
どよめく観客。秋の太陽が眩しい。駅ビル二階くらいに上がったピッツァは木下のテーブルに向かって急降下して行った。
「来るぞ!」
木下は天狗の団扇でタバスコを扇ぐ。タバスコの壜は一斉に浮き上がった。
「蓋! 蓋!」
助っ人が慌てて駆け出して、宙に浮いたタバスコの壜の蓋を開けている。
「急げ! 来るぞ!」
蓋を開けた順にタバスコが飛び立って行く。迫るマルゲリータピッツァが急に回転し始めた。

ひゅーん、ひゅん、ひゅん、ひゅん、ひゅん!

ピッツァにタバスコが襲いかかり中身を振りかけるが、一度に二、三滴しか出ない上、回転するピッツァの風に弾かれて仕舞う。
「くそっ!」
タバスコは一滴もかからず、跳ね飛ばされて助っ人の顔にかかった程度で、ピッツァは難なくテーブルに着地した。
「こちらの勝ちだ」
平井が言う。
助っ人はタバスコが付いたほっぺたをピンクのバンダナで拭いた。

「今度は俺だ」
木下はそう言ってテーブルの上のピッツァを天狗の団扇で扇いだ。ふわっと浮き上がるピッツァ。ピッツァが飛び出すのを待たずに、平井はテーブルのタバスコを二壜飛ばす。
「タバスコが来るぞ!」
「急げ!」
木下がピッツァを縦にすると、それに合せるように飛び立ったタバスコの壜が横になり、一つはピッツァの底部側に、もう一つは上部側に位置した。両方とも口をピッツァに向けてタバスコをかける気満々だ。
「何を企んでいるのだ?」
平井はにやっと笑った。ピッツァの上下に位置したタバスコが少しずつ近付いて行く。
「近付いて重力系を超えられるか!?」
「いいぞ!」
「待て!」
木下が叫んだ。
ピッツァは動くのを止め、空中に浮いたままになった。どうしたのかと、観客は全員声を出せずに見守っている。
「限定的念力五級では、二つのオブジェクトを別々に動かせないはずだ! 平井。まさか四級か!?」
「練習中さ」
問いただす木下に対し、平井は事も無げに言って除けた。
「どうする?」
「くそっ! 負けるか!」
ピッツァは広場の端に並ぶ植木鉢に向かって速度を上げた。タバスコもぴったり着いて行く。

がちゃん!

「あっ」
植木鉢ぎりぎりのところを飛んだので、底部側に位置したタバスコの壜が植木鉢に当たって割れて仕舞った。タバスコは上部側の一壜になった。
木下は笑みを浮かべ続けて団扇を扇ぐ。ピッツァは空中でしゅーんと翻り、今度は上部側を植木鉢の方に向けて寄って行った。タバスコの壜はそれを追従して植木鉢に近寄って行く。また割れて仕舞うぞ!
「これでお終いだ」
するとタバスコの壜は、植木鉢にぶつかる寸前、すっとピッツァの上部から水平方向に移動したのだ。タバスコはピッツァを後ろから追いかける形になった。

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観客達が全員手に汗を握って見詰める中、ピッツァとタバスコ壜は平行になったまま広場の端を飛ぶ。テーブルが近付いて来た。
「このまま逃げ切れば俺の勝ちだ!」
垂直だったピッツァはくるんと地面と平行になってテーブルに向かった。そして、そのままゴールするかに見えた。
ピッツァがテーブルに乗った!
「木下さん、やった!」
助っ人が言う。
ところがテーブルナプキンの下に隠れていたもう一つのタバスコ壜が現れてピッツァ目掛けて突進したのである。
「あっ!」
タバスコ壜はピッツァの縁に突っ込んだ。いや、ピッツァが突っ込んで来た。

がたん、ぼん、かたかたっ。

テーブル上で止まってピッツァ、前方から突っ込んだタバスコ壜、そして追いかけて来たもう一つのタバスコ壜。
前方のタバスコ壜からはどくどくとピッツァにタバスコが流れ込み、追いかけて来たタバスコ壜は、ピッツァがテーブルの上に乗り重力系が戻ったことで安心して突っ込み、ピッツァにタバスコを振りかけながら上を飛び越えて反対側に転げ落ちた。
「辛そうでござるな」
タバスコだらけになったピッツァを見て朝倉が言う。
「食べて片付けるのは助っ人の仕事だ」
「飛んでいる時から食べたかったのでござる」
朝倉は胸にナプキンを挟み、袖を捲ってピッツァを皿の上に引っ張り上げ、フォークとナイフを手にした。
「朝倉、まだだ。もう一つ仕合いを勝てば優勝だ」
「そうであったか」
朝倉はいい子にして待った。

朝倉と戸田と大勢の観衆が見守る中、平井は先ほどのようにピッツァを浮かせて空高く上らせ、木下のテーブル目掛けて急降下する。木下がタバスコで迎え撃つと、今度はピッツァが縦横自在に向きを変えてタバスコを避けた。
「いいぞ平井。木下の作戦を真似たな」
今度も平井は難なく勝利した。安心した朝倉がピッツァを食べ始めたのは言うまでもない。

ピッツァとタバスコの追い掛けっこでした。こちらは結構はらはらする、地面の穴に球を投げ入れるシーンです。
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63.「うしろまえ」か「まえうしろ」

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T シャツやトレーナー、セーターのどちらが前か後ろか判らなくて、前後を間違えてしまうことがありませんか。湯上がりのシャツを間違えると、脱いで着直さなきゃいけないのが面倒です。夏はちょっと貼り付いたりして脱ぎにくい。
スカートも見ただけでは前後の判らないものがあって、間違えることがあるらしい。履いたことがないから判らないけど、デザインがはっきりしていなければ間違ってもバレないからいいんじゃないかと思います。シャツなんか、わざと前後ろを逆に着ることが流行ったりしているし。

「前と後ろを間違えることを『前後ろ(まえうしろ)』って言うよな」
「あら! 『後ろ前(うしろまえ)』よ」
「違うじゃん! 前のはずの部分が後ろに行っちゃったんだから、前後ろだよ」
「あら! 後ろのはずの部分が前になっちゃったたんだから、後ろ前よ」
「同じこと言ってんじゃん。前のはずが後ろになったから、前にあるのは後ろでしょ?」
「だから、それって後ろ前じゃない!」
※ 書いていて一瞬混乱しました

調べてみました。どうやら「前後ろ」「後ろ前」の両方あるらしい。どちらが正しいと言うのではなさそうです。言われりゃ当たり前ですが。
しかし、着間違った方としては困る。間違えない方法はあるのか、と言うと、あるらしい。

「どうすればいいの?」
「品質タグを見る。洗濯タグって知ってるでしょ?」
「服の端っこに付いてるやつ」
「そう。これがないと不法に販売されてることになるんだけど」
※ オークションサイトやメルカリなどでは、タグの付いてない服が販売されることもあるそうな
「成る程」
「日本人は几帳面だから、タグの 9 割が左側に付いてるらしい」
「へぇ!?」
「それを知ってれば前後ろを間違えないで済む」
「すると、外国じゃ右側にタグ付いてるのが半分あるんだ。外国人は後ろ前を間違える確率が高い訳か」
「いや、そう言うことじゃないでしょ」

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裏表を逆に着ることも流行りました。トレーナーなど意識的に裏を表にして違う材質の感じを出したいからそうやって着る。裏をわざわざ表にしたと言う意味で裏表でなければいけない。表をわざわざ裏にした表裏ではない。表裏にするのは、表に付いた染みを隠したいからでしょうか。
「左右(ひだりみぎ)、ってのはないよね?」
「右左(みぎひだり)もないな。そもそも前後ろと同じだからな」
「最近は何でもありで、表が裏地みたいなデザインの服があるわね?」
「そうだね。裏表を見て思い付いたのかも」
「その場合、タグは表みたいな裏に付くのよね」
「そうだろうね」
「もし裏表に着た人が化石になって、千年くらい未来の人が見たら何て言うかしらね」
普通のことも視点を変えると違って見える気がします。
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 「長靴を嗅いだ猫」はこちら >>

62.早起きは三文の得

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夏は割と早く起きて涼しいうちに作業していて、この言葉を地で行ってる感じです。そのせいか、昼近くなると眠くなっちゃうしお金は溜まらない。
調べてみました。元は中国の書物から来ていて、それとは別に由来が二つあるらしい。

1.高知説
堤防の土を、早起きして踏み固めると三文貰えるところから言われるようになった
2.奈良説
早起きして、家の前の鹿の死体を片付けることから言われるようになった

何だ? 家の前に鹿の死体だって?
奈良では、鹿が春日大社の神様のお使いとして敬われています。神様は白鹿に乗って現れるとか。
山麓には大きな鹿舎があって、養鹿家の人達が飼育してる訳ではありません。放し飼いみたいなものだから、病気に掛かるし、運が悪いと死んじゃう。性悪者が鹿を殺めることもある。鹿が家の前で死んでいた場合、三文の罰金が科せられるようになった。「生類哀れみの令」も関係してるらしい。
そこで、奈良の人は朝起きると玄関の戸前に鹿が死んでないか確かめる。それだけじゃみっともないから次いでに家の前を掃除するようになった。「朝の死体掃除運動」とか言ったのでしょうか。お陰で道がきれいになった。
もうちょっと調べて見ました。奈良の興福寺が神仏集合の時代に春日大社の守護もするようになり、結果として奈良全体の警備に当たり、その流れで鹿も保護したらしい。実際に鹿を殺めたために処罰を受けた人の伝説が残っています。

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一方の高知説はと言うと、堤防を歩いて踏み固めると、三文のお駄賃が貰えるって言うお触れが出たことが元になっているらしい。お上が工事を楽に完成させようと企んだようです。
朝になると、どこからともなく人々が集まって来て、話しながら堤防沿いの道をぶらぶら歩き始める。中には、せっかちな者が歩いてらんない、ってんでランニングを始めたり、堤防の道は大賑わい。

「お奉行様。どちらに行かれます?」
「堤防を見て来ようと思ってな」
「おお、三文駄賃の具合ですな」
「そうじゃ」
「お供してよろしいでしょうか?」
「構わん」
二人はのんびり堤防に向かって出掛けた。いつになく道ゆく人が多い。
「何ぞ、あるのかな? おお、これこれ、そこな女」
奉行殿は男達が行き過ぎた後、一人歩く女に声を掛けた。
「はい、何でございましょう」
「皆して歩いているが、何ぞあるのか?」
「嫌でございますよ、お侍様。ご存じのはず。この先の海沿いの道を端から端まで歩くだけで三文の駄賃が頂けるってんで、村中大騒ぎでございます。ほら。私なんぞ固いぽっくりを履いて来たのでございます」
女はおしゃれなぽっくりを見せて、恥ずかしそうに立ち去った。
奉行は嬉しそうだ。
「お奉行様、三文駄賃の策、うまく行きましたな!」
「わっははは」
浜へ下りるところに来た時だった。大勢の人が並んで堤防を歩いている。
「何じゃありゃ!?」
人より目立ったのは屋台だった。堤防にずらっと並び、あちこちの屋台に人が集まって何か食べている。屋台によっては行列が出来る程の賑わいだ。
「こ、これは!?」
先ほどの女が団子を頬張りながら通り過ぎようとした。
「これ、女! この屋台は何じゃ?」
「三文屋台れ、ほらります。ごくん」
女は食べていた団子を飲み込んだ。三色団子のピンクのやつだ。
「三文屋台だと!?」
「はい。堤防を踏み固めていただいたお駄賃の三文で買える分だけの、三文屋台です。どっと増えました。焼鳥一本、団子一本、せんべい、餅、汁粉など、色々ですわ。みんな三文で買える!」
「成る程。考えたものじゃ」
「お奉行様! あそこに蕎麦の屋台がございます!」
「蕎麦が三文で食えるのか?」
女が言う。
「お江戸では六文と聞きますけど、ここの屋台で出すのは三文分だけで、三文蕎麦と言うそうですよ」
「それより女。あの行列は何じゃ?」
「あれは男衆の履くわらじの店です」
「わらじが三文か!?」
「止めとけ。安物じゃ」