60.限定的念力

電子書籍を書いています、楠田文人です。
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早目の授業が終わって帰る途中、駅で平井に会った。
「やあ」
「戸田はもう帰り?」
「今日は授業が終わりなんだ」
「さっき朝倉に会ってさ、剣道場に行くって言ってた。あいつ、いつもさむらいの格好してるよな」
朝倉は、さむらいが普段の生活に染み込んで来たらしい。
「近所の神社で早朝稽古をしてるんだって」
「テレビの見過ぎだな」
平井は教科書とノートだけでなく、大きめの水色の封筒を持っている。曲らないよう大事にしているところを見ると、大学の書類ではなさそうだ。
「その封筒は?」
「五級に受かったんだ!」
平井は嬉しそうに言った。
「五級? 何の五級」
「限定的念力使用許可五級。一般の部だけど。総務に見せて許可を貰って来たから学内でも念力が使える」
「念力? 使う?」
「戸田は知らないか。念力の使用が許可制になってるのは知ってる?」
何となく聞いたことがある。
「うん」
「その、一般の部の五級に受かった。使用許可の場所は限定的だけど、その範囲なら使っていいんだ」
戸田はにこにこしながら、封筒から出した許可証を見せてくれた。
「一般の部 平井正和殿 限定的念力五級の使用を許可する。精神労働大臣阿部晴明」
表彰状みたいだ。
「へぇ!? 一級まであるの?」
「そう。卒業するまでに三級は取りたいんだけどね」
「使用許可ってことは、平井は念力を使えるんだ?」
平井はそれに答えず、ポケットからビスケットを一袋取り出した。そして手のひらに乗せてじっと見詰めると、ビスケットはふわっと宙に浮き、そのまますーっと改札口に向かって飛んで行くではないか!
「凄い!」
通り掛かった女子学生のグループが
「わーっ!」
「見て見て!」
「すっごーぃ!」
と声を上げた。ビスケットは一瞬ふらついたものの、いずまいを直して正しく飛び、自動改札機に辿り着いた。もちろんビスケットなので自動改札機には入らない。
固唾を飲んで見ていた人から
「わーっ!」
ぱちぱちぱち、と拍手が起こり、周りに居合わせた人や足しげく通り過ぎる人は、何事かと振り返って見ている。
小さい女の子が言った。
「ママ、私のビスケットは?」
「ここよ」
お母さんがバッグから割れたビスケットを出して見せた。女の子は安心して改札口の方に向き直った。
「凄いね」
「五級だからな」
平井は照れているが、どことなく自慢気だ。
「人に迷惑を掛けちゃいけないとか、謝礼を貰っちゃいけないとか、色々規定はあるけど、講習を受けて実技試験があって、やっと許可証が貰えたんだ」

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念力を使えるガーゴイルが登場するのは、鼻先案内犬8です。ガーゴイルは物体の質量を無くして、車でもタンスでも重さに関係なく動かせるので、三月堂さんピンチ!
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「一級って言うと、どのくらい凄いんだろうね?」
「見えないところにも念力が利くから、忘れた弁当を会社に届けたりできるらしい。それより凄いのは業務の部だよ」
「一般の部と免許が違うんだ?」
「業務で使える免許だから、一キロ以上離れた店から出前を届けるとか、 50m の高さでクレーンを操作する人に弁当を届けるとか出来る。カツどんをどんぶりごとスーパーカミオカンデに届けたって話を聞いたことがある。沢庵付きでだぜ!」
「へぇ! それは凄い」
言ってから余り凄くないことに気付いた。なんで食いもんばかりなんだ?