24.猫の背負い投げ

電子書籍を書いています。楠田文人です。

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「16.脱力感の残るお話を書く」の続きを書きました。

kusuda-fumihito.hatenablog.com

道ですれ違う猫が私を警戒しなくなったように思う。近所の猫は平気で目の前を横切って行くし、他所の町の道端では知らない猫が少し離れたところからこちらを凝視しても、すぐに納得した表情を見せて歩いて行く。
「見切りだな」
「見切り? 猫が私を見切ったと言うのか?」
「そうだ。その猫はお主が敵か味方かを判断し、大丈夫だと思って警戒心を解いたのだろう」
「私が敵ではないと?」
「そうだ。ま、猫に聞いてみないと何とも言えないがな」
武蔵は東京五輪の書を捲る手を止めて紙コップのコーヒーを啜った。猫に敵だと思われてないのはいいが、見切られているのは気に食わない。
「見切られない方法はないか?」
「は?」
紙コップを持つ武蔵の手が止まった。
「猫に見切られているかと思うと、何となく悔しい」
武蔵はカップを置いて苺ポッキーに手を伸ばす。
「お主の気分は判らんでもないが、敵と思われていないからいいんじゃないか?」
「見切ったから相手にならぬと言う訳だろ? 小馬鹿にされた気がする」
「うーん、考えようだがな。猫はお主を見て殺気を感じないから敵ではないと判断する訳だ」
私は半分に減った武蔵の紙コップに、インスタントコーヒーをひとさじ足してやろうとした。
「な、何だよ!? 濃くなっちゃうじゃん」
「減ったから足してやろうと思ったのだ」
「折角冷めたんだ。なくなったら入れてくれ」
「判った」
武蔵はコーヒーをずずっと飲んだ。

 魔女と戦う不思議な猫、ハルプモントが登場する話はこちら >>
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「お主に猫を倒す気はない」
「当たり前だ。猫と戦ってどうする?」
「だから殺気を発していない。それだけのことだ」
確かに武蔵の言う通り、猫を倒そうと思ったことはないから猫は警戒しないのだろう。
「猫を倒そうとすれば猫は警戒するのか?」
「するだろうな」
私は考えた。道を歩いていて猫に出会った時、急に倒せるものだろうか。常に猫を倒す気で歩いていて、現れたらすぐに倒せるように準備していなければ倒す体勢に入れないだろうし、猫を見付けてから猫の弱点を探し倒し方を考えていると、その間に逃げられてしまう気がする。と言うことは、猫を見た時、瞬間的に動けるように倒す気を持ち続ける訓練が必要なのか。この先、生ける殺猫機としての人生を送るだけの覚悟が必要になりそうだ。
考えている私に武蔵が言った。
「但し、小次郎。猫の背負い投げには注意しろ」
「何だそれは?」
「あの塚原伝次郎がやられた技だ」
「塚原伝次郎って誰だ?」
「猫相撲の大家として知られている」

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私は冷めたコーヒーを一気に飲んだ。
「塚原伝次郎に会って、猫の背負い投げのことを聞きたい」
「今、どこにいるんだろう? 全国を回って猫相撲を研究していると聞くが」
「連絡は取れるのか?」
「先輩に聞いてみる。それまで小次郎、道端で猫に会っても殺気を見せるな!」
「判った。背負い投げでやられないようにするよ」
それからと言うもの、私は遠くにちらりとでも猫の姿が見えたら慌てて隠れることにしている。お陰でまだ背負い投げを食らってはいない。

23.盗人について考える

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「ぬすびと」「ぬすっと」に関する諺は、やたらたくさんあります。江戸時代は刑罰が厳しく鍵を掛ける必要がない程に安全だったそうですから、盗人も少なかったと思うのに、諺がたくさんあるのは何故だろう。

1) 盗人が少ないから珍しく、たまに事件があるとやたら大騒ぎになり、盗人が強く印象付けられた
2) お上が盗人ゼロ運動を展開していたため、より一層気を付けるように全国の代官所で諺を募集した
3) 人類とは別の種族だったので未来に向けて記憶を残そうと諺が出来た

どうも違う気がする。

盗まれた時は鼻先案内犬さんに追跡を依頼しましょう。
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盗人猛々しい
「たけだけしい」です。「もうもうしい」ではありません。猛々しいとは、元々「勇ましい」と言う意味だったのが「図太い」と言う意味に変わったそうです。
盗人が音を立てないようにそうっと暗い部屋に忍び込んだにも関わらず、気付かれて明りがぱっと点されて
「あっ! しまった」
「観念しろ!」
捕まって開き直り
「ええい、煮るなり焼くなり好きにしろい!」
と喚き、どっかと腰を下ろす。
「盗人の癖にふてぶてしい野郎だ!」
「盗人猛々しいとはこのことだな」
とまあ、こんな感じですね。母が起きて来た。
「どうしたの?」
「盗人だ。猛々しいやつで、煮るなり焼くなり、好きにしろ、だってさ」
「あら、盗人煮は先週やっちゃったし、盗人焼きは子供達はあまり食べないのよ。捨てるのも勿体ないしねぇ」
盗人は音を立てないようにそうっと忍び込んでいるんだから、その段階では猛々しくない。最初から猛々しかったら、入って来たところで判ってお縄になっちゃいます。捕まって開き直らないとこの諺は機能しません。

盗人に追銭
「盗人だぁ!」
「待てぇ!」
盗人は夜の通りを逃げて行く。
「えぃ」
ピシッ!
「痛ぇ。何だこりゃ、銭じゃねぇか」
盗人は一瞬立ち止まり、ぶつけられた銭を拾う。追っ手が近付いて来る。
「いけねぇ」
盗人はまた走り出す。ピシッ!
「痛っ。また銭か」
盗人はまた立ち止まり、ぶつけられた銭を拾って走り出す。ピシッ!

さてここで問題です。盗人が銭をぶつけられる度に立ち止まって銭を拾います。その間追っ手は七歩、間を縮めることが出来ます。追っ手は一度に五銭銅貨しか投げることができない上、立ち止まって構えるためその間に盗人は五歩逃げてしまいます。何銭投げれば追っ手は盗人を捕まえることが出来るでしょう。投げた銭の三割は戻って来ないものとします。正解された方の中から抽選で、残った追銭を差し上げます。

盗人を捕らえて縄をなう
「段取りが悪い」「用意不足」の印象は否めませんが、縄をなうためには材料が必要となる藁は用意してあったことになります。まだ縄をなっていなくて、土間の端に放って置きました。盗人が来て捕まえたら縄で縛るつもりで置いといたのはいいけど、用意したところで満足して休んでしまったに違いない。
田舎にある農家の場合と町中では、これまた状況が違います。農家なら縄をなう藁は探せばどこかにあるけど、町中にはない。町中の場合は
 盗人を捕らえて縄を買いに行く
 盗人を捕らえて隣の縄を盗む
ってとこでしょう。

盗人算(ぬすびとざん)
そんなのがあったんですね。知りませんでした。和算の書「新編塵庚記三目録第十」に登場します。

新編塵庚記三目録より
「第十 きぬぬす人を知る事
さる盗人、橋のしたにて、きぬをわけとるをみれば、八たんづゝわくれば七たんたらず、叉七たんづゝわくれば八たんあまると云。ぬす人の数もきぬの数もしれ申候」

小学校算数の過不足算でした。7 反ずつ配った余り 8 反を配っても 7 反不足したので、15 反あれば分け切るから盗人は 15 人。布の数は 113 反。しかし…、15 人の盗人ならば頭がいないと統率が取れないはず。実際は 7 反ずつ分けて、残った分を全部頭が取ったのではないだろうか。

「さる盗人、橋のしたにて、きぬをわけとるをみるに、八たんづゝわくれば七たんたらず、七たんづゝわき、あまり八たんすべて頭にわくると云。ぬす人の数もきぬの数もしれ申候」

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残りの解説は全部盗まれました。

■盗人に鍵を預く
■盗人にも三分の理
■盗人のあと棒乳切木
■盗人の上前を取る
■盗人の逆恨み
■盗人の隙あれども守り手の隙はない
■盗人の昼寝
■盗人の足
■盗人萩
■盗人宿

まだまだあります。

22.庭に鰐、輪には二羽鶏がいる

目を疑った。森の中にこんなものがあろうとは想像だにしなかったからである。

ハイキングの途中で道に迷ってしまったのだ。山歩きの経験がないにも関わらず、突然現れた脇道を散策してみようと思ったのが間違いだった。たくさん枝道や分かれ道に出会い、楽しくなって好き放題に進むうちに、自分の元来た方向が判らなくなってしまった。まるで子供だと思いつつも既に手遅れだ。
「どうしよう…」
少し広い場所で考えた。空を見上げると薄曇り空にぼんやり太陽が見える。
「そうだ!」
太陽を頼りに元来た方角に戻ればいい。いいのだが、元来た方角が判らない。大体どっちの方角から来て、どっちの方角に行こうとしていたんだっけ。役に立たない思いつきだった。どこか電車の駅に着けばいいやと言う適当な性格が悔やまれた。あれこれ考えを巡らしてしていると、遠くから小さく「キーキー」と言う音が聞こえて来た。
「何だろう?」
音がする方に行ってみることにした。人工的な感じの音なので人がいそうな気がする。しばらく歩いて目の前に現れたのは、森の中にぐるっと巡らされた目の高さ程もあるコンクリートの壁と、さらにその上の頑丈な黒い金網だ。中から、「キーキー」言う音と、「バサバサッ」と言う音、それに何かを引きずるような音が混じって聞こえる。何かの施設のようだ。ジュラシック・パークの外壁みたい。私は入り口を探して壁沿いに歩いた。
壁に沿って歩いて行くと、「ゴーッ! バサバサッ」と言う音も聞こえる。向こうの方にコンクリートが切れた場所が見える。近付くと塀が切れていて階段があり、上った先には鍵のかかった頑丈な金網の扉があった。入り口か搬入口みたいな感じ。塀の中が見えるかもしれないと階段を上ってみた。
「何だぁ?」
思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。
広い庭が見えた。周囲をぐるりと黒い金網に取り囲まれ、金網沿いには植木が植えられている。芝生や茂みが点在した庭に動くものがあった。丸いものと、そして…。
「鰐!?」
そう、鰐だ。アリゲーターかクロコダイルか判らないが、それほど大きくない鰐が一匹、庭を這っていた。這っていたと言うより丸いものを追いかけていたのだ。丸いものは意思を持つように庭中あちこちコロコロ転がって、茂みにぶつかって跳ね返ったり、金網近くまで斜面を登っては戻る。近くに来ると気付いた鰐は追いかけるが、速度が早くて鰐は追いかけるのを諦める。その繰り返した。丸いものには鶏が入っていた!
外側を透明プラスチックらしきもので覆われ、金属製のパイプが張り巡らされた頑丈な球体だ。中に鶏が二羽閉じ込められていて、どう言う仕組みになっているのか判らないが、鶏が中で走ると球体が転がるようになっているらしい。鰐は近くまで転がって来た球体を捕まえようと襲いかかるが、爪や歯が引っかからずにつるんと滑ってしまう。前方にあれば、追い掛けて捕まえるけど、球体は滑って前に飛んで行く。横や後ろに球体が来ると、ぶつかるまで判らず当たってから慌てて振り向いている。鶏の方は鰐から逃れようと球体の中で必死で走るのだが、二羽の息が合わずにあっちに行ったり、こっちに行ったり球体は庭を転がり回る。周りの金網や植木に止まったカラス達も、何をしているのか、自分達が預かるおこぼれがあるのかも判らず、戸惑いを隠せないようだ。

誰が何のためにこんなものを作ったのだろう?

しばらく見ていたが、鰐が球体に飛び掛った時には、手に汗を握って見詰める自分がいた。やっぱりつるんと滑って球体は転がっていった。もしかして、永遠に、はらはらどきどきさせるための施設なのだろうか?
足音が聞こえた。
私は慌てて階段を降りて足音の主を探した。警備員が歩いて来た。
「済みません!」
警備員は私に気付いて近付いて来る。
「道に迷っちゃったんです。駅に行きたいんですけど、どちらに行けばいいか教えて貰えませんか?」
警備員は最初疑いの目で私を見ていたが、不審者ではないと判断したのだろう。
「どちらの駅に行かれますか?」
「どこでもいいです」
「ちょっと待ってください」
警備員はそう言うと、ポケットから青巻紙赤巻紙を取り出して順に捲っていたが、しかめ面になった。
「バス停は黄巻紙に書いたっけ…。済みません、お客さん。バス停までの地図を忘れて仕舞ったので、そうしましたら、そこの竹立て掛けてある竹藪沿いに歩いていただくと、建物がありますから、そこで聞いてください」
「ありがとうございます。その焼けた竹薮の先ですね?」
「はい。建物の入り口を入って右手にカウンターがあります。そこが受付です」
「判りました。ありがとうございました」
警備員はにこりともせずに会釈する。
「あのぉ、ここは何の施設ですか?」

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東京特許許可局保養所です」
「あぁ、あのバスガス爆発で新聞に載った」
「そうです」
風に乗ってピアノの音が聴こえて来る。
「恒例の、新春ジャズシャンソンショーですね」
警備員は微笑ながら言う。興味があったが今日は戻るとしよう。
「ありがとうございました」
「いいえ。お気をつけて」

にわとりが登場するお話を書いています。
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