86.冬のトナカイ

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サンタクロースとトナカイの戦いが始まり、北国は足を踏み入れられない状態になってしまった。サンタクロースの住処には、クリスマスに配る予定のおもちゃが山のように転がっていたので、サンタクロースは男の子が好きなマシンガンやロボット、戦車などのおもちゃを中心に繰り出して来た。
かたやトナカイには、そんなものは手に入らないから、手近にあるモミの木を細工した弓矢や刀、槍などであった。何故、職人トナカイを育てておかなかったかと後悔したが、時既に遅しで工作精度がやたら低い手作りの武器しかない。
サンタクロースとトナカイの戦争は、当然サンタクロース優位に進んだ。トナカイの取る道は数に頼むしかない。多勢に無勢と言うではないか。相手はサンタクロースたった一人だ。トナカイの仲間を集めれば勝てる! そう考えたのだ。8 頭では足りない。
「お前は、ソリのメンテナンス担当を全員集めて来い!」
「判りました」
慌ただしく部屋を飛び出して行ったトナカイと入れ代わりに、神妙な顔をしたトナカイが入って来る。
「どうした?」
「サンタクロースの電話を盗聴していたところ、怪しい送話を傍受しました」
「何だ!?」
「新しいソリの発注です」
「新しいソリ!?」
「これまで我々が受注していたソリは地上高が最低 100cm あり、長さも 8 頭対応でしたが、今回発注されたのは地上高 10cm です」
「そんなに低いのか!」
「どうやら挽くのは我々ではなさそうだな」
部屋を出て行ったトナカイが戻って来た。
「大変です。サンタクロースの奴、ソリを猫に引かせるつもりのようです!」
「猫だったのか」
「ご存じでしたか?」
「いや、電話を盗聴していた彼が、低いタイプのソリを発注したことを聞きつけたらしい」
「猫に任せるつもりだったのは本当なんですね!?」
「サンタクロースに猫のソリ・・・」
「受けるかも」

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 「ソリは今まで通り俺達が引くが、プレゼントを配るのは猫に頼むことになった」

と言っていたのが、ソリまで猫になったのか。
ソリを引く仕事も猫に任せてしまえば、印象が変わる。猫ソリに乗ったサンタクロースがギャルに歓迎されている姿が浮かんだ。
「これは俺たちとの戦いに勝ったことを想定しての決断か!?」
「俺たちとの争いが終わっても、これまで通りやって行けるはずはなかろうが」
「早くも猫に頼むことにしたってぇのか?」
「よし。こっちにも考えがある!」
トナカイの考えとは大胆なものだった。
プレゼント配りを、ナイターでビールを売る女性に頼むというものだった。
「その方がお客さんは喜ぶし、お父さんは寝ないで待っているだろう」
「ビールの売り子は冬は暇でしょうし、夜に煙突から白髭の爺さんが入って来るよりいいでしょうからね」
異を唱える者もなく、クリスマスプレゼント配りを頼むために、トナカイ達は東京ドームまで出かけた。もちろん出張扱いである。

85.秋のトナカイ

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トナカイは確かこう言っていた。

「ソリを他の動物に引かせず、私達の要求を聞いてもらうためです」

サンタクロースへの要求とは何だろう。そう言えば、
「鹿とか犬とか、猫とか狸に頼むって情報もあるんですよ」
とか言っていた。ソリを象が引くとかハムスターが引く候補に上がってるようなことも言っていた。それに、引く動物を勝手に変更させないため、サンタクロースを人形サイズに縮めたと言っていた。サンタクロースが人の大きさだと邪魔されてしまうのか。謎だ。

しかし、サンタクロースのソリを引くトナカイ達の要求なぞ考えても判る訳がない。例えば、鼻先案内犬さんに聞いても、深大寺線物語の名探偵「小石先生」が聞いても判らないだろう。
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考えても判らないのでテレビを付けた。
「今朝、十時を過ぎた頃、新潟にある米軍基地の中央滑走路Aに、着陸を試みた物体があることが判りました」
遠くから撮影したぼやけた物体が滑走路にタッチ・アンド・ゴーをする映像が写った。同じ映像が何度も繰り返し写る。
「F30戦闘機が着陸しようとすると、この物体が割り込んで着陸できずに、基地の上での旋回を余儀なくされました」
その物体は、どう見てもサンタクロースが乗っていないソリにしか見えない! 主のいないソリをトナカイが四頭で曳いている。嫌な予感がした。

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さっそくトナカイに連絡を取り、新橋の小料理屋で会った。
「何故、新潟でタッチ・アンド・ゴーを?」
トナカイはふふんと鼻を鳴らして言った。
「気付いたか。サンタ・クロースが煙突から忍び込んで、プレゼントを渡したのは昔の話だ。知られてはいないが、一度、泥棒と間違えられて事件になったことがある。それからと言うもの、サンタクロースのプレゼントはタッチ・アンド・ゴー形式で配るようになった。いちいち子供と対話しなくていいから、配るプレゼント数が増えたことにも対応できる」
サンタクロースが合法的な方法を取ったことは誉めてもよい。
「タッチ・アンド・ゴー方式なら子供部屋に入らずに済むから、同時間で倍以上のプレゼントを届けられる。それからと言うもの、サンタ・クロースは煙突から入らず、プレゼントを放り込むようになり、プレゼントは投げ込める程度の固い物になった」
「ソリを他の動物に引かせない話は落ち着いたのかい?」
トナカイはすぐに返事をしない。
「それはプレゼントの種類にも関係する。タッチ・アンド・ゴー方式で配るためには、定型内に梱包されたプレゼントでなければならない」
それは納得する。大き過ぎるプレゼントや、小さ過ぎるプレゼントだと配る手間が変だ。
「ソリは今まで通り俺達が引くが、プレゼントを配るのは猫に頼むことになった」
サンタクロースのプレゼントは猫が配っているのか!?

84.夏のトナカイ

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コロナがぶり返したような世の中、梅雨の空は曇り続きで外に出られず、他にすることがなくて冷蔵庫の整理をした。テーブルの上に広げながら冷凍食品の取捨選択をしていると、外で何やら動くものが視野の端に入る。
何だ!? 片付けの途中だったけど手を休めて庭を見ると、塀の隙間から道で何かが動いている。着ていた服が赤いことだけは判った。かすかに枝葉のすれる音、その人が出している音なのか、風が強く吹いていたからなのか判らない。まーしかし、特に何か問題があった訳ではないので、そのままにしていた。
昼過ぎにサンダルを突っかけて外に出てみた。赤い服が動いていた辺りに小さな緑色の紙袋が落ちていた。
「何だ、これ?」
薄い紙でできた袋で、そうだな、昔の駄菓子屋の袋か、秋葉原のガード下の店で部品を売る店がトランジスタを入れる袋か、祭りの夜店で商品を入れる袋に使われているような懐かしい紙の袋だった。ハトロン紙って言ったっけ。何か入っている。
そっと口を開けてみた。
「お守り?」
中に入っていたのは、硬めの紙に留められた小さな金属製のサンタクロースだった。ミニチュアか? ブローチではなさそうな。でっぷり太って横の丸太に腰掛けている。プレゼントの大きな袋は丸太の横に寝かせてある。
車の音が聞こえて来た。乗用車ではない、もっと大きなワンボックスカーの音だ。向こうの角を曲がってこっちに向かって来るのが見えた。世界的に有名な宅配便のマークが書かれている。
キィー! 隣のコンクリ塀の手前で止まり、降りて来たのはなんと! 三頭のトナカイだった。スーツを着こなしている。
「ここいら辺で落としたの」
「よしっ。しらみつぶしに探すんだ!」
「へいっ!」
どうやら一頭はメスで残りの二頭はオスらしい。二頭は車を降りた手前から大きな虫眼鏡を使って丹念に地面を探し始めた。
私はこの紙袋を探しているんだろうな、と思った。
「すいません」
トナカイはぎょっとして私を見た。尤も、トナカイがぎょっとした顔をしたのは初めてだったが。
「何ですか?」
トナカイ達は手を止めて近くにいたトナカイが聞いた。
「もしかして、探してるのはこれですか?」
私は先程拾った紙袋を見せた。
「あらっ! どこに落ちてたの!?」
「ありがたい!」
トナカイ達はこれを探していたのだ。
「中身を検めさせてもらって、いい?」
メスのトナカイが聞く。別に拾ったものだからとうなずいた。
トナカイは袋の中を見て安心している。
「ありがとう」
横から覗きこんだ他のトナカイも納得しているようだ。
「何ですか?」
私は思わず聞いた。トナカイ達は顔を見合わせている。言っていいものかどうか無言で相談している。
「いいでしょう。私達は反セントニコラス会のメンバーなんです。今年からサンタクロースが、プレゼントを配達するソリを引くのに馬や犬を使う事を検討し始めたため、それに対する反対運動をしているんです」
「鹿とか犬とか、猫とか狸に頼むって情報もあるんですよ。無理ですよね」
クリスマスが変わりそうだ。これもコロナの影響か。
「俺は、象に頼むって聞いた」
「ハムスターが候補に上がってるらしい。あり得ないし」
想像上のサンタクロースのソリはかなり賑やかだ。

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帰り支度をしているトナカイが言った。
「クリスマスプレゼントを近所に配るだけでもたくさんあって大変なのに、サンタさんったら、世界中に配るんで、年の半分、こっちは準備でてんやわんやなんですよ」
「大変だね」
「サンタさんはプレゼントに関係ない季節、世界中を回って招待されて、いいですけどね」
物事には、裏のフォローがあって初めて成り立ついい例だ。しかし、さっきのサンタクロースのミニチュアは何だろう?
「サンタさんのミニチュアを拾う前に、実物大のサンタさんがいたと思うんだけど・・・」
私の言葉にトナカイはどきっとしたようだった。
「見られましたか。それは元の大きさのサンタさんです。そのサンタさんをミニチュア化しました」
「ミニチュア化!?」
「ソリを他の動物に引かせず、私達の要求を聞いてもらうためです。もう行かねばなりません。失礼します」
トナカイは宅急便のワンボックスカーに乗り込み発車した。私の知らない世界で争いが起きているのだ。