31.マルワの女

「マルワの女? 何だそりゃ」
「隠語さ」
「淫語? やらしいのか?」
「そっちの淫語じゃないよ。符牒って言ったっけかな、マル暴って知ってる?」
「警察用語で暴力団のことだよね?」
「そうそう! それを隠語って言うんだ」
「ああ、判った。マルサとかだよな」
「知ってるじゃん。マルサは国税庁査察局。マル走は暴走族」
「ふうん」
「マル害は被害者。害者とも言う」
「警察ってマルの付いた隠語が多いんだね。でもさ、知られたら隠語じゃなくなっちゃうじゃん?」
「テレビドラマで使ってるしなぁ」
「そのうち隠語じゃなくて正式名称になるぞ」
「俺も作ってみた」
「それがさっきのマルワの女?」
「そう。ワンピースを着た女のこと」
「使えそうだね! バレそうな気もするな」
「バレるかなぁ? マルジ、マルス、マルイ」
「うーんと、ジーパンを履いた女、スカートを履いた女、丸井にいた女?」
「マルイは、犬を連れた女」
「女ばかりだな。何か違う気がする」
「違うって?」
「判った! マルサも本来はマル査だろ? マルの後の字は漢字で、訓読みじゃなくて音読みになるんだ」
「…」
「マル走(はしり)じゃなくて、マル走(そう)。マル暴、マル害。だから隠語っぽくなる。さっきの、マルジ、マルス、マルイはそう言うパターンじゃない」
「成る程」
「マル体(たい)、マル場(じょう)、マル生(せい)なんか隠語っぽい」
「どう言う意味?」
「意味ないよ。適当に繋げただけ」

マル生は困っていた。マル場がマル草に侵食され始めたのだ。
「結構マル掃してるのにな。ここんとこ暑かったからマル増したのか」
マル生はマル草を取り除くのにマル水を放射しようと思った。マル管をマル口に繋ぎ、そこからまる水を引っ張って来ればいい。
マル生はマル口が並んだマル場に行きマル扉を開けた。
「あっ!」
何と、マル口も既にマル草に覆われているではないか。
「もしかして!?」
マル生はマル廊を走ってマル室に駆け込んだ。既にマル草が繁殖してマル器類にはマル草が絡み付いている。
マル生は、マル器の中央グローバル・インバータ部分に供えられたスイッチ類を点検した。ここにもマル草が絡み付いていて、小さなスイッチ類は動きが悪くなっていた。
「まずいぞ。これで地域緊張周波数がマルったら・・・」
 ※ 地域緊張周波数は「緊張」に登場します
マル生はガラス窓から外を眺めた。隣のマル屋は穏やかな夕焼けを映している。
「おっ!」
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「マルを付けても、結構お話らしくなるんだな」
「名称と考えればいい」
「そもそも、何で隠語に『マル』が付いたんだ?」
「丸で知らん」

30.「本末転倒」と「風が拭くと桶屋が儲かる」の関係

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ここで言う本末とは「本:元の話」と「末:枝葉の話」のことで、それが逆になると言う意味です。 例えば、夏休みの宿題をするに当たって、スケジュールを作ろうと考えた。

・スケジュールを普通のノートに書いてみたが見辛い
・大きな模造紙を買って来て、そこにスケジュールを書いて壁に貼った
・今度は大きすぎて休みの最初と最後を一目で見られない
・もう一枚模造紙を買って来て
 横にして二つ折りにする
 横長になった模造紙を半分に折って横 B4 にする
 それぞれ外側に折り返すと、縦 B5 の蛇腹になる
 開くと横に四ページ繋がった紙が出来た

これなら一週間を一ページに書けばいいし、宿題以外の遊ぶ予定は全体を裏返して書けばいい。模造紙だから鉛筆、マジック、ペン、何でも書ける。ノートにマジックじゃ書けないし。難点は紙の厚さがあって嵩張ること。
そうだ! 最初から横半分に折って切ってしまえば、無駄がなくなって倍に使えるんじゃないだろうか。
早速横半分に切ってみた。厚みもちょうどいい感じだ。倍になったページを何に使おう。二つに増えたけど宿題の予定と遊びの予定は充分あるし。切った時に少しずれて上に飛び出したページがみっともなく思えてきれいに切った。これでよし。これを入れるケースは何がいいだろう。アクリルの薄いやつかな。
とまあ、こう言うのが宿題のスケジュールを作るところから、スケジュール表作りに熱中してしまうパターン。似たような経験、ありますよね。
「風が拭くと桶屋が儲かる」の場合は

・風が吹くと埃が舞い上がる
・埃が目に入って盲が増える
・盲は三味線を演奏して金を稼ぐ
・三味線は猫の皮を使うので猫が減る
・猫が減ると鼠が増えて桶をかじる
・桶が使えなくなって桶屋が儲かる

のだそうです。本末転倒とは違うけれど、同じような連想の上に成り立っています。
一つのことから、関連する別のことに興味が行ってしまい、今度はそちらに思考が集中してしまう。結果的として本末転倒になったり桶屋が儲かったりするけど、同じ頭の使い方に則っている。非線形思考と言うか人間の思考方法です。思いつきなんてその極致だし。
お話を書くのも似ている。筋とか構成を決めてあっても、途中で違う方向に行っちゃうことがあったり、別の人が犯人になったりする。
登場人物が喋る時は、頭の中でその登場人物に成り切っていて喋ります。他の登場人物が出て二人とかで喋る場合は、その都度頭の中は別の人になります。多重人格ではないのでご心配無用です。喋る内容を考えてあっても流れで別の話になっちゃうこともあり、話が別の方向に行ってしまって筋そのものを変更したこともあります。

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「Butterfly Effect」はご存じでしょうか。アマゾンの一匹の蝶の羽ばたきによる空気の揺れが、結果としてバングラデシュで台風を起こす、と言うもので、カオス理論の例としてよく取り上げられます。カオス理論では、初期値によって結果がまるきり変わるため、コンピュータ解析が無理とか。アマゾンの蝶の羽ばたきから、台風の代わりに北極の氷山が融けて海に落ちることもあるのでしょう。渋谷のスクランブル交差点の人の動きなどもそうでしょうね。中の一人がどのような動きをするか予測出来ない。
本末転倒の例で「夏休みのスケジュール表を作る」を「宿題は最後の一週間で仕上げる」にすれば、スケジュール表は作らないことになり、初期値が変わると結果が変わるこれも一種のカオスかも。
「夕方新橋の駅で友人と出会ってしまったことによる二日酔いの発生」なども、同じに違いない。

29.平凡な名前とお思いでしょうが

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お話に登場する人やそれ以外の名前は至って平凡に見えますが、これでいて結構考えているのです。名前が決まらなくて一日悶々としたり、簡単に決まっても文章にはめてみると何となく会わなくて困ったり。そんな中でそれなりに考えた、お話に登場する名前をご紹介します。

宮城谷夏子
最初「音子」にしてたけど、変換の学習機能で「音子」と「男」が入れ代わるため、面倒になって夏子にしました。
三月堂さん
鼻先案内犬シリーズの主人公、豆柴犬の三月堂さんです。「三月堂」ではなくて「三月堂さん」までが名前なのは、「鼻先案内犬 5 ドッグスクール」に書きました。
 夏子さん、三月堂さんが登場する「鼻先案内犬シリーズはこちら >>

内田百閒の「件(くだん)」からアイディアを貰いました。顔が牛で体が人間の件が生まれ、予言をすると死んでしまうと言う話です。にんべんの字を探して佯を見付け、これで書けるとほくそ笑みました。
 「佯」はこちら >>
小石弥平
親友(故人)のペンネームです。背が低かったので自嘲的に「小さい医者」と言う意味で、「こ・いしゃ」としたらしい。何となくあちこちに登場する刑事さんの名前になりました。「深大寺線物語」では止まり木探偵としてお世話になっていて、次のお話も進んでいます。
 「深大寺線物語」はこちら >>
紫空(しくう)
七堂奇談「紙魚」で、水墨画から抜け出た虎を捕まえる絵師の名前です。釈迢空折口信夫)から貰いました。このお話は光景が伝わるようイメージを重視したので、名前も文字のイメージを重視しています。
 七堂奇談「紙魚」はこちら >>
支素瑠祇(シスルギ)
東多魔川鉄道物語に登場した猫に宿る霊です。丁寧でおとなしいなやつかと思ったら、小うるさいうざったいやつでした。鼻先案内犬番外編高山宜定編にも登場し、厚生労働省衛生調査室の冷蔵庫の上の猫のぬいぐるみに宿っています。
 シスルギが登場するのはこちら >>
 こちらも >>
電気ボーナス
これは平凡ではないですね。元はある企業のコンテンツに登場するキャラクタで使おうと提案した名前ですが、簡単に却下されました。何となく取っといて「壜詰の不安」で使いました。どちらかと言うとあまり近寄りたくはないけれど、凄い人です。
 壜詰の不安はこちら >>
ガロルフ
ガロルフのシリーズには妖精がたくさん登場します。実際(っつーのは変だけど)にいる妖精の名前もあれば、作ったのもあります。主人公のガロルフは「Were Wolf」から考えました。それっぽい名前を考えるのが楽しいけど大変でした。
 ガロルフが登場するのはこちら>>

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「Zマーカスでなければならぬ」
漱石の「我が輩は猫である」の一節に、登場人物の名前が決まらないバルザックがパリを散歩していて、裁縫屋の看板に「マーカス」とあるのを見付け、この上に「Z」を付けて「Z.マーカス」にすると申し分のない名前が出来る、と言うのがあります。
今、書いているお話に登場する人の名前を「テジャルスーム」にしました。これも申し分のない名前だと思っているのですが、ほとんど出番がない。せっかく思い付いた名前だから終わりの方でまた登場させようかなぁ。