10.コピーライターとライター
コピーライターとライターを区別をしていない人もいると思いますが、この二つは明らかに別の職業です。私の経験ですけど。
コピーライターは広告やカタログの文章を書き、ライターは新聞雑誌の記事を書きます。前者の発注主体は企業で、後者は新聞雑誌社です。
コピーライターは広告クリエイティブの仕事をします。広告ではその製品のどう位置付けて消費者に訴求するか考えます。もちろん開発担当者は「よいものを」と考えて開発していますから(偶然出来ちゃったケースもあるらしい)、開発側の想像を超える広告展開になって驚くこともあるようです。
その広告だけのためにアートディレクター、デザイナー、コピーライター、カメラマンなどが選ばれチーム編成され、同じメンバーで他の広告を制作することはありません。一期一会の世界ですね。毎回メンバーが違い、出遭ったデザイナーの名刺は百枚以上になります。私の経験ですけど。
コピーライターは資料があれば何でも書くので、これまでにホテルの朝食ポスターから遺伝子解析システムの紹介まで書いたことがあります。医療系、IT 系、法律系など専門知識が必要とされる分野では、それに詳しいコピーライターが重視されますが、詳しいからと言ってクリエィティブが得意とは限らないので、他のコピーライターのコピーチェックや監修に回ることもあります。
クリエィティブとは、平たく言えばでっちあげです。でっちあげと言っても嘘ではなくて「こう言う商品と考えることができるね」ってくらいのでっちあげで、その方が商品をイメージし易いからでしょうか。無理矢理作り上げたイメージは「無理クリエイティブ」略して「無理クリ」と呼ばれます。
小型デジタル一眼レフの広告展開を考えるとします。使い易さを重視し、コストも低く抑え、カラフルな関連商品を充実させた製品で、ユーザーアンケートの結果を元に開発されたそうですが、メーカーが原宿の店頭で行ったアンケートに
「軽い一眼レフが欲しい はい いいえ」
「カラーバリエーションがあるとよい はい いいえ」
「周辺グッズを充実して欲しい はい いいえ」
みたいな設問が紛れ込んでいたことは想像に難くありません。ユーザー動向と信じた開発陣がグラム単位で重量を減らした苦労が隠れていそうな気もします。
そうとは知らないクリエイティブ会議では
「軽くて簡単だから家族を撮ったりペットを撮るのにいいね」
「軽すぎてブレないかな?」
「手振れ補正が付いてますね」
「カラフルなストラップは女性向けだね」
「ペットを撮影する一眼レフってありだよね」
「それで行こう」
ってな感じで、ペット撮影に最適な一眼レフ、と言うイメージがでっちあげられて、湘南動物(動物タレントのプロダクション)に電話が行きます。カタログは白基調にパステルカラーを使ってデザインされ、女性がリビングでハブとマングースの戦いを撮影しているシーンを前面に、ペット入店 OK のカフェでカメラをテーブルに置いてオオアリクイと食事するシーン、青い空と大きな樹をバックに芝生を女性と八丈島のキョンが駆けて来るシーンのカタログが作られます。
そうなると、撮影から現像引き伸ばしまで経験し、バライタ紙の仕上がりを語れ、三枚玉の味を語れて、カメラの歴史やメカニズムに詳しいコピーライターの出番はありません。
ライターは編集者に執筆を依頼されます。編集者が独走すると企画そのものが没になることもあり(私の経験ですけど)、一番いいのは編集長と懇意になって仕事を貰うことですが、編集長が変わると途絶えます(私の経験ですけど)。
ライターには得意分野があり、資料を渡されることはありませんし、IT 系が得意なライターに投資関連の記事やラーメン店の記事依頼は来ません。インタビューされる企業担当者はライターは他社製品を含めた業界に詳しく、同じジャンルの製品それぞれの善し悪しを知っていると勝手に想像していて(私の経験ですけど)、自社製品を適切に評価した記事を書いてくれると考えます。そんなに詳しくないと思うぞ。
ライターの書く記事には、新聞雑誌記事と記事広告があります。記事広告は記事体広告とも言って本来コピーライターの仕事なのでしょうけれど、記事と名前が付くからかライターに発注が来るようです。通常ライターの仕事は原稿を提出したらそこでお終いで、後は編集者が修正するので余程の事態でない限りライターは無罪放免です。このパターンに慣れているライターが記事広告を書くとトラブルが発生します。原稿は依頼した企業担当者が修正する訳ではなく、ライターに修正依頼(要求の度合が高いと修正指示と言う)が来ます。しかし、ライターには企業の気に入るまで修正する習性がないので、何度修正を依頼しても期待した原稿になりません(要求の度合いがもっと高いと書き直しと言う)。インタビューの場合、取材内容順に書くと単なるテープ起しになってしまうようです。取材を受けた相手は思い付くままに語っている訳で、最初の話と終わりの頃になって思い出した話が繋がっていることもある訳で、まとめないと読みにくくなります。
コピーライターは修正があれば下版(げはん=チェックの最終確認が終わり印刷に回せる段階)まで対応するのが当たり前です。書いた原稿をチェックして貰って修正し、それを紙面にレイアウトしてチェックして貰って修正し(このブロック 125 文字でキャッチ 32 文字など細かく指定される場合もあります)、印刷前の校正刷りでチェックして貰って修正し、最終的に入稿するまで対応します。何万部も印刷しますからね。OK を出した後でミスを発見し印刷所まで行って修正した、なんて話を聞きます。戦略的商品でページ数の多いカタログなどは、15 版以上校正刷りが出ることもあり、入稿前は印刷会社の営業を待たせて、担当者全員で明け方までチェックしました。因みにチェックで一番大変なのは裏表紙の性能緒言表で、細かい数字や文字の羅列をいちいちチェックしなければなりません。
不思議なもので、それでもミスが残っていたりするんですよね。5 年間誰も間違いに気付かなかったってのがありました。私の経験ですけど。
ある企業の製品群のカタログ制作で、コピーライターが足りないのでライターさんを手配するので、監修して欲しいと頼まれたことがありまして、上がって来た原稿を見たら、言い回しがカタログ調でなく雑誌記事のように書いていたのですぐ修正依頼をしたところ、後の修正は勝手にやってくださいとの返事。カタログは数本あったので、泣く泣く二週間徹夜が続きました。
お話を書く作業は、コピーライター、ライターとも違います。これはまたそのうち。
09.結末は後で考えよう
お話を書く場合は全体構成を考えて、いくつかの部分に分け、それぞれの部分で書く項目を考えて書き始めます。書きながら新しいアイディアがあれば付け足します。
例えば主人公が新しいキャラクタに出遭うところまで、洞窟から古い箱が見つかるところまで、みたいに部分をブロックに分けて書きます。お話そのもののアイディア出しはまた別で、ジャンルや種類によって方法が違います。
「鼻先案内犬」シリーズの場合は、三月堂さんが探し物をする内容に決めてあるので、何を探すか、どう探すか、手助けや邪魔が入るか、特徴的なキャラクタが登場するか、などを考えます。
「鼻先案内犬 02 懐かしいの喫茶店」は、「記憶を探す」「三月堂さんが怪我をする」と言うテーマを考えて、誰の記憶で、どんな内容、三月堂さんはどこを怪我するか、痛くない方がいいな、など想像を広げて行きました。「鼻先案内犬 11 小粒犬」は、豆粒みたいな小さな犬がいたら面白いかも、って思い付きから話を広げ、他の要素を足して行きました。このようにテーマ(平たく言えば思い付き)から入る方法は、はっきり結末を決めていないことがあり、思い付いたところまで一気に書いて、続きはさあどうしよう、と悩むことになります。そのうち思い付くだろう、尻切れにならないよう何とかしなくちゃ、など色々な展開を考えているうちに次第に流れが見えて来て形になります。
テーマは割と簡単に思い付くので、アイディアと大雑把な構成だけならストックがありますが、最後まで書いてまとめる方が大変な作業です。連載の形にしたら、作者に先が読めないのだから読者は尚更先が読めなくて、どうなるんだろう、と思いながら読むでしょうけど。
違うアプローチもあります。「七道奇談 紙魚」ではイメージを重視して、満月の夜、川に映る満開の桜、風に揺れる竹林、青い朝靄、水墨画などを散りばめました。お話の内容も、情景を描写しやすいシーンを考えて、それをつなげる形で展開しました。イメージ中心であることを特に説明していないので、読んだ方は、他のお話よりイメージが伝わって来るな、くらいに思われたかもしれません。
七道奇談 紙魚 >>
「七彩抄 蒼池」もイメージ先行型です。雪深い山奥にたたずむ小さな池。晴れた日には空が映り込んで真っ青に輝き、やがて白鷺が舞い降りて来る。ここで繰り広げられる物語は誰にも知られることはない、と言う感じです。
七彩抄 蒼池 >>
思い付いてから書き始めるまでに時間が掛かった作品もあります。テーマはいいんだけど、途中からの展開はどうすんだよ、って自問自答が続いて先が見えない。とりあえず資料を集めて整理しているうちに、ふとしたことで展開を思い付いて急に書き進める。それまでは放って置く。
思い付くタイミングは、①散歩している時、②夜中お布団の中、③明け方、が多いのは何故なんでしょうね。そのせいでメモ帳を持ち歩くようになり、枕元にもメモ帳を置くようになりましたが、かなりの頻度で使用しています。話が外れた。
思い付いてから完成まで一番時間が掛かった作品は「東多魔川鉄道物語」です。
東多魔川鉄道物語 >>
最初思い付いた時は全く違うお話でした。言わば民話を集めたものを想定していて、題材をインターネットで探したり、図書館で探しました。イメージを膨らませるうちに、どんどん違う方向に発展して長いお話になりましたが、最初はこんな感じを考えていました。
【東多魔川鉄道物語 使わなかった話】
正樹は海苔寺(のりでら)跡を探していた。近くの農家で聞いた通りに歩いて来たはずなのに見つからない。農家の爺さんは林の中に「海苔寺跡」と書かれた石碑が立っていると言っていた。しかし、いくら探してもそんなものは見当たらないのだ。
「どうしよう。野田さんの家に戻ってみるか…」
引き返してもう一度爺さんに聞こうか、それとも日を改めようかと考えた。石碑の場所に駅舎を建てることになっているため、見つからないと計画が一日遅れてしまうし、わざわざ調査に来た意味がない。
『もう少し進んだら引き返しそう』
正樹は落ち葉を踏みながら林の中を歩く。石碑のことばかり頭にあって気が付かなかったけれど、帝都の南にもこんな雑木林が残っていたのだ。今更ながら武蔵野の広さに驚く正樹だった。
『あれ? この場所はさっき通ったかな』
低木の枝の付き方に見覚えがあった。一本だけ突き出した細い枝の先に、黄緑と黄色の蕾が付いている。左が黄緑で右が黄色。
『全く同じ形の枝がある? さっきの場所に戻って来たというのか?』
林の奥へと進んでいたはずで戻った感覚はなかった。狐に化かされて、同じところをぐるぐる回った人の話を聞いたことがある。自分もその口か。
「一休みするか」
正樹は近くの岩に腰掛けた。時計を見ると、もう二時間も林の中を歩いている。
「足も痛くなったし、さてどうしよう」
考えているうちに眠ってしまった。
夢の中で正樹は岩に腰掛けていた。こちらに向かって歩いて来る白いものが目に入った。ほっそりとした白猫だ。白猫は正樹の前まで来ると、ニャァと鳴いて再び林の中に入って行き立ち止まってこちらを振り返った。
『ついて来いと言っているみたいだな』
正樹は立ち上がり白猫の後を追った。
『さっきの低木だ』
見覚えのある低木だ。白猫はニャァと鳴いて低木の下を潜り、向こうの茂みに入って行く。正樹もそれに従った。白猫が振り返る。
「こっちは見ていないな。おっ!」
茂みを抜けた正樹の前に現れたのは苔に覆われた大きな石碑だった。紛れもなく「海苔寺跡」の文字が刻まれている。白猫の姿はない。
ハッと目が覚めた。今のは何だったのだ。白猫のお告げだろうか。
「よし。さっきの低木の向こうを探してみよう」
こんな感じで民話調のお話を考えていましたが、書き進むうちに長い話に発展して、自分でもかなり楽しんで書きました。
「続・東多魔川鉄道物語」を考えています。
08.クリスマスの歌とマーケティング
クリスマスになるとあちこちで流れて来るのが、松任谷由美の「恋人がサンタクロース」と山下達郎の「クリスマス・イヴ」です。ワムの「Last Christmas」とマライア・キャリーの「All I Want For Christmas Is You」なども定番ですね。
松任谷由美がインタビューで語っていましたが、
「当時クリスマスと言えばジングルベルやサイレント・ナイトのような歌が主流だったので、ロック系の歌を作ろうと思って、『恋人がサンタクロース』を書いたらヒットした。でも最近は、クリスマスは恋人と過ごすもの、と言う風潮を植え付けてしまったのではないかと後悔している(要約)」
とか。言われればこの歌からそんな雰囲気に変わったところもありますが、依然クリスマスは家族で楽しむもので子供中心のイメージがあります。ストロベリー・ショートケーキとお子様シャンペンと、そしてケンタッキー・フライドチキン。ケンタが定番になるのは結構最近のことですね。
調べてみました。
海外ではクリスマスに七面鳥を食べますが日本で七面鳥は食卓に上がらない。クリスマスに外国人が来店してフライドチキンを食べているのを見たケンタッキーの店員(の情報)により、「クリスマス・ケンタッキー」のキャンペーンが始まり、カーネル・サンダース人形にサンタクロースの衣装を着せたことなどで広まったらしい。因みにサンタクロースの衣装が赤くなったのはコカコーラのキャンペーンからで、それまでサンタクロースは緑の服を着ていました。
マーケティングの成果がそのまま習慣になってしまうことがあるんですね。鰻の丑の日もそうらしい。諸説あるようですが、江戸時代、夏に鰻が売れないので困った鰻屋が平賀源内に頼んだところ、源内は「本日丑の日」とでかでかと書いた紙を持って行って、これを店に貼っておけと言ったそうな。それを見た人が
「そうか! 今日は丑の日だった」
って、それで鰻を食べるようになったそうです。ほんとかなぁ。
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スーパー「みなもとや」の営業会議。谷部長の顔は暗い。
「実は、みなもとや今後の明暗を分ける事態が迫っている」
「どうしたんですか?」
「さっき判ったんだが…」
「わぁっ!」
端で聞いていた鮮魚仕入れ担当の木下が机に突っ伏して泣き出した。他の社員は驚きを隠せない。
「ぼ、僕が悪いんです!」
「止めたまえ、木下。私が話す」
谷部長は木下を制して社員達を見回した。
「年末に向けてあちこちの水揚げ状況を確認していたところ、函館でいいスルメイカが手に入ると言う情報が入った。そこでクリスマス前に集中的に販売しようと、急いで木下が発注した」
社員達は頷いている。これがどう明暗を分ける話に繋がるのだろう。
「発注量を間違えた。多めに発注したつもりで、十倍の量を発注していた」
しーん。
「どんくらいになるんですか?」
「十トンだ」
「十トンって言われても判んねぇなぁ。肉なら見当つくけどな」
「スルメイカ一パイが約四百グラムだから、凡そ二万五千パイになる」
「二万五千パイ!」
社員は店がスルメイカで埋め尽くされる様子を想像した。イカまたイカの売り場。誤って落としたスルメイカを踏んで滑って転ぶ店員の姿が見える。
「キャンセル出来ないんですか!?」
「さっき函館からこちらに向かっている船の船長から、『天気は快晴。海上に波なし』と、朗らかな東北弁で連絡があった」
「わぁっ!」
木下がまた机に突っ伏す。谷部長がみなもとやの明暗を分けると言った意味が飲み込めた。
「どうするんですか?」
「それを相談したくて集まって貰った」
「社員が買うとか」
谷部長は、判りきったことを、と言う顔をして手元のレポート用紙を取り上げた。
「すぐに処理できそうな数字を書き出してみた。社員二十三名、パートさんアルバイトさん十八名全員に十パイずつ買ってもらうとして、四百十」
「僕、百パイ買います」
木下が呟く。谷部長は無視して続けた。
「五百十」
「五百です」
経理の近藤が言う。谷部長は天井を見て
『あ、蛍光灯にクモの巣が張ってる。明日中村さんに頼もう』
それは置いといて言う。
「四十人が十パイずつで、一人だけ百パイで、五百か。それと、週末イベントで二週連続焼きイカコーナーを作ったとして、日に三百で二週で千二百。料理屋やレストランへの営業で四百。幼稚園や老人施設などに配ったとして五百。トータルで二千六百パイ。十分の一だ」
社員達はがっかりして肩を落とした。
「店で残りを売るってのは無理だな」
「スルメイカ専門のスーパーにして、スルメイカ常設試食コーナーを作ったら?」
「だめよ! 焼きたてパンコーナーが軌道に乗ったところなんだから!」
「スルメイカ料理をずらっと並べる」
「スルメイカ風呂はどうだ?」
「先着百名様に限り、スルメイカプレゼントってのはどうです?」
「いいね」
「どうせなら先着二万名様にしたらどうだ?」
ガチャ。
「おお、加藤さん」
「遅くなりました。チラシの打ち合わせが長引きまして。あれ? 皆さんどうしたんですか?」
「加藤さん。問題が起きた。これまでの経緯を説明しよう」
谷部長は遅れて入って来た広報宣伝担当の加藤に、スルメイカ誤発注のこととその対策について説明した。加藤はレポート用紙に書かれた数字などを見ながら考えていたが、決心したように口を開いた。
「全部やりましょう」
「えっ!?」
「うちは来店客数がよくて千五百だから、販売量から言っても一、二週間程度で売り捌けると思えない。となると、採算度外視でスルメイカを捨てることなく処分する方法を考えるべきだ」
「ざっと計算したが、とても二万五千に届かないんだよね」
谷部長がレポート用紙を見ながら言う。
「原価のままでいいから何パイ売れれば赤にならないか、損益分岐の数字を出しましょう。それ以上の利益は一旦こちらに置いといて、まずはあらゆる方法でイカを捌くことを考える。損を減らすのが先だ」
「サンタクロースがイカ配ったら笑っちゃうよね」
「それ、行きましょう」
「ダイオウイカの子供とか言ったら受けるかなぁ」
「嘘になるので止めましょう」
トゥルルル。電話が鳴った。
「はい。あ、社長。部長ですか? お待ちください。部長。社長から内線です」
谷は電話を代わった。
「はい。ええ、そうなんです。はい。えっ!? 本当ですか? 判りました。早速連絡取ります」
部長の表情が明るくなった。
「駅向こうのスーパーサンディさんで、半分の五トン、引き取ってくれるそうだ」
「えっ!?」
「やりましたね!」
「部長。そしたらサンディさんと共同で、クリスマスのスルメイカイベントをぶち上げませんか?」
「どうするんだね?」
「あーしてこーして、あそにも声を掛けて、あれも巻き込んで…」
イベントの一週間前からスーパーみなとや、スーパーサンディを初めとして、六台町駅周辺のあちこちに真面目そうなスルメイカをあしらったポスターが貼り出された。
冬至の焼きイカ大会開催 『私、まじめにスルメイカとして生きて来ました。生まれは函館沖。北海の荒波を乗り越え、釣り人の手を逃れ、体長十五センチ、体重四百グラムにまで育ちました。そして今、六台町商店街で焼きイカ大会があると聞き、大勢の仲間と共に駆け付けたのであります! 絶対においしいんです。食べてください』 冬至の焼きイカ大会開催委員会
共催 スーパーサンディ、スーパーみなもとや |
同じデザインのチラシは新聞に折り込まれて各家庭に配布された。
ガラッ。千月堂の戸が開いた。
「いらっしゃい、あら浩美ちゃん」
「ねぇねぇ、三月堂さんイベントに出るの?」
浩美は入って来るなりあんぱんを五個トレーに乗せながら聞く。
「え? イベント?」
「新聞のチラシにあったでしょ?」
「知らない。五百四十円でございます」
「焼きイカ大会だっけな」
「そんなのあるんだ」
「スーパーサンディと駅向こうのみなもとやの共催で、町じゅう焼きイカ大会らしいよ」
「ちょっと待って」
夏子はリビングに行き新聞をバサッと開けてチラシの束を取り出した。
「これだ」
焼きイカ大会のチラシを持って店に戻った。
「そう、これこれ。町じゅうにこのポスターが貼ってあるんだよ」
「ハルさんも出演になってる…」
「夏子ちゃん、知らないの?」
「知らない。三月堂さんに直接出演依頼が来たのかも」
「へぇ? 三月堂さん、鼻先案内犬で有名になったんだね」
くふふふ。冬でも日向は暖かいぞ。
「でもさ、日にちがイカに似てるって、どこが似てるんだろう?」
「判んない」
冬至の焼きイカ大会当日は、駅周辺からスーパーサンディとみなもとやの駐車場まで焼きイカ屋台で埋め尽くされ、町中に焼きイカの匂いが漂った。ずらっと焼きイカ屋台が並ぶと、客は特定の店に集中することなく満遍なく店は賑わった。当たり前だが、ほとんどの客は集中的に焼きイカを食べた経験はなく、北海道ツアーで観光バスが止まる度に出くわす焼きとうもろこし屋台と焼きイカ屋台で食べた程度だったが、これだけの数の店と焼きイカを食べる人々を目にすると三食焼きイカでもおかしくなく思えて来るから不思議だ。
画して、みなとやの目論見は当たり、冬至の焼きイカ大会は無事終了し、懸念された大量のスルメイカを売り捌くことが出来た。
「いやぁホッとしたよ。加藤さん、ありがとう」
「いえ、売れてよかったですね」
「お客さんから、来年もお願いね、って言われたよ。しかし、日にちがイカに似てるなんて、よく見つけて来たね」
「あ、それ嘘ですから」
「は?」
「全く似てません。話題喚起を狙って適当に書いたコピーです」
「…」
明日から二日はクリスマスセールで、その後は年末年始セールが待っている。
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平賀源内の貼り紙で鰻の蒲焼きを買う人が増えて店は大繁盛したと言います。値段をいくらにしたのか判りませんが、「土用の丑の日」は安売りと刷り込まれたら習慣になるでしょう。
現在も蒲焼きを食べる習慣が残り、ファーストフード店も大々的に丑の日キャンペーンを行っています。それに何と!「うなぎ牛」と言う新種も発見したらしい。遺伝子操作の結果だろうか。