91.ビルさんの魔法

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ビルさんに言われて連中が来る前の準備に入った。
「武器はどうしましょう?」
「これがいいでしょう」
ビルさんが指したのはサイドボードの上に置かれたパン籠だった。母が焼いた色々なパンを食べられるように入れてある。クロワッサン、ベーグル、バターロール、小さなバゲットなどだ。
「これを餌にして、連中を誘き寄せるんですか?」
「奴等は、パンは食べない」
そうだろうな。奴等が食べるのは、草や木の実のはずだ。それならどうして?
クェンティンも何かを探している風にサイドボードを歩き回っているが、さすがにパンには手を出さない。そうしたら何故武器と聞いた時にこれを指したのだろう。
「ベーグルがいいと思います。乗り易いでしょう」
ビルさんは私の疑問を意に介さず続けた。
「それでは呪文を掛けましょう。ここでまっすぐ立ってください」
ビルさんが言う。私は言う通りビルさんの前に足を揃えて立つ。私の頭の上に手をかざすと
「メーニン・アエイデ・テア・ペーレイアデオウ」
と呪文を唱えるビルさん。辺りがきらきらした光に包まれたかと思うと私の体は急に小さく縮んでいた。ビルさんが巨大に見える。
ビルさんは私をそっと持ち上げてパン籠の隣に立たせた。パン籠も二階建ての家くらいに見える。そして続いてビルさんもしゅーぅっと縮んで私と同じくらいになった。
サイドボードにくっついた壁に沿ってクェンティンが歩いてる。ビルさんはクェンティンに向かって両手を広げて
「メーニン・アエイデ・テア・ペーレイアデオウ」
と呪文を発すると、次の瞬間クェンティンはしゅーっと縮こまって私達と同じ小ささになった。
「連中が現れる前に準備しましょう」
そう言うとビルさんはパンの入った籠に近付いた。
「これがいでしょう」
そう言うと籠に入っていたベーグルに粉を振り掛ける。ベーグルが重力を無くしたみたいにふわっと浮き上がった。続けて隣のベーグルに粉を振り掛けて言う。
「こっちのベーグルはあなたが使えばいい」
そう言ってビルさんはベーグルを浮き輪に座るように、真ん中の穴にお尻を落として座った。私もビルさんの真似をしてベーグルに填まった。それを見たクェンティンは私のベーグルに飛び乗る。
「このベーグルは私達の思うがままに動きます」
そう言ったかと思うとビルさんは、縁に散りばめられたレーズンを握った。ビルさんの乗ったベーグルがふわっと浮き、ゆっくりと進んで行く。
「レーズンが操縦桿の役をしてくれます。前に押すと前進、手前に引くと停止と後退」
ビルさんはベーグル操縦法を大声で叫びながら操縦してみせる。私も前進、後退と試して部屋中を飛び回った。ビルさんは後ろを振り向いて言う。
「このファイティング・ベーグルで連中が襲って来るのを食い止めましょう。もう少し練習を」

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ビルさんが乗ったファイティング・ベーグルは部屋の中を縦横無尽に飛び回る。私も襲って来る連中に遭遇する前に飛び回るための練習をすることに決めた。
『右と左のレーズンが操縦桿なんだっけ?』
私はベーグルに深く腰掛けてレーズンをゆっくり掴んだ。するとベーグルはふわっと宙に浮かび前に進む。同じくレーズンを左に倒すとベーグルは左に旋回し、前に倒すと速度が上がる。

「レーズンを握るとエアガンが発射されます」
ビルさんの乗ったベーグルの先端から、ビュン! とエアガンが発射され、花瓶に生けてあったチューリップの葉の先端を小さく弾き飛ばした。
私も真似をしてきゅいんとベーグルを回転させて向きを変え、チューリップの葉の先端を狙って、ビュン! とエアガンを発射して小さく弾き飛ばした。
「よくできました。これなら連中が襲って来ても対応できるでしょう」
我々は連中が現れるだろうと思われる窓側を警戒して飛び回った。