19.天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず

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「天網恢恢疎而不失」道教の始祖、老子の言葉です。天の網は目が粗いようだけど、悪事を働く者を見逃すことはなく、必ず捕まえる、と言う意味で「恢恢(かいかい)」は「広い、大きい」ことを表します。「疎」はスカスカって意味ですね。自然の摂理に逆らわず、己の欲を充たそうとすれば罰が当たる、それを天は見ている、みたいな思想から来てるのでしょうか。
英語版。

  The meshes of Heaven's not are as wide as the sea but let nothing through.

海みたいに広いって空の方が広いし、「Heaven」と「天」は意味が違う気がするけどまあいいか。
天の張った網が悪人を捕まえるところを見た人がいるのだろうか。

「お師匠様」
「何じゃ、恵海」
「おら、天網見たい」
「そら無理じゃ」
「見た者はおるのか?」
「人の目に入らんくらい大きくて広いんじゃ。だから見た者はおらん」
「見た者がおらんのに、何で老子様は知っとるじゃ?」
「そら老子様は天網に引っかかって、転んだことでもあるんじゃなかろうか」
「は!?」

「恢恢」を含む言葉は「天網恢恢疎而不失」以外に使用例が見付かりませんでした。「恢恢」で調べると「天網恢恢」に、「天網恢恢」で調べると「恢恢」に、辞書のループ状態で他の用例が見付からない。「天網」で探すと「天網之漏(てんもうのろう)」があり、天の下す罰から逃れることを言うらしいです。老子様、抜け道があったぞ。

「お師匠様」
「何じゃ、恵海」
「魚獲り網は網目があって、水は網目から漏れるけど魚は網目より大きいから逃げられんよな」
「そうじゃ。じゃが天網は人の目に入らんくらい大きくて広いんじゃ」
「大きくても悪事は漏らさぬなら、天網から漏れるものは何だ?」
「悪事でなければ見逃す、と言うことじゃ」
「しからば、どこからが悪事なんだ?」
「天網が見逃せば悪事ではない。見逃さぬものが悪事じゃ」
「こっちもループかい!」

近松門左衛門浄瑠璃心中天網島」は、心中の舞台が網島で天網に掛けた題名だそうな。知らなかった。人は因果から逃れられないのですね。
現在中国で人民監視のネットワークとして「天網」が稼動しているとか。英訳するとターミネーターに登場する「スカイネット」になるので欧米では「天網」を「スカイネット」と呼ぶようです。映画の中とは言え杞憂でなければいいけど。

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 古代中国の術師が登場する「東多魔川鉄道物語」はこちら >>

「杞憂(きゆう)」のは、古代中国の杞の国の人達が空が落ちて来るんじゃないかと憂いたことから、在り得ない心配事を杞憂と言うようになったらしい。落ちて来る空ってどんな物だと想像してたんだろう。雲とか霧みたいな物だろうか。それとも硬い物を想像してたんだろうか。落ちて来る時は小さい空の破片がぱらぱら落ちて来て、その後大きな空がどぉーんと落ちるのだろうか。
調べてみました。当時世界は平らで四角く、四隅の柱が天を支えていると考えていたそうです。成る程。誰か悪い奴が柱を倒しちゃったら空が落ちるかもしれない、って心配だったんだ。大丈夫です。ご安心ください。そんな悪い事をすれば天網が捕まえますから。

18.付かぬことを聞きますが

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「12 月の最初の週の土日、何してました?」
「最初の週ですか」
「ええ、2 日、3 日です」
 どきっ。
「えーっと、ああそうだ。土曜日に久しぶりに会った友達と新橋で呑んで、呑み過ぎて日曜日は二日酔いで寝てました」
「新橋ですか・・・。奥湯河原であなたを見たって人がいるんですけどね?」
 どきっ。
「人違いでじゃないですか?」
「余りにも偶然でね、私も人違いじゃないかと思ったんですよ。でもね、地図を見たら現場のすぐ近くなんですね」
「奥湯河原ってバスの終点が温泉で、交通の便が悪いところですよね? 行ったことないけど」
「大きな地図には載ってませんけどね、地元の人しか知らない舗装されてない山道がありましてね、それを使うと現場まで車で二十分くらいで行けるんですよ」
 ぎくっ!
「どうしました?」
「い、いえ何でも」

「付かぬ」ことはそれまでの文脈とは関係ないことで、関係する場合は「付いて」になります。それまでの話に「付かない」ことを聞く訳で、現代の言い方で言えば「それとは関係ないんですが」とか、「ちょっと別の話になりますが」とか、「話変わるけどさぁ」みたいな感じでしょうか。考えようによっては非常に便利な言葉で、刑事が容疑者の意表を付いて反応を見たり、会話が詰まった時や話を変えたい時などに有効活用が望めます。
但し
・付かぬことを伺いますが
・付かぬことを聞きますが
とか、必ず質問が引っ付いて来て、
・付かぬことが落ちてました
・付かぬことが溝にはまって結構困りました
など、他のパターンでは使われないようです。

付かぬことの逆に「ちなみに」と言う言葉があります。こちらは、それまでの文脈に関係したことを聞いたり、確認したりします。
「ちなみに新橋では、どのお店で呑まれたんですか?」
「2~3 店はしごしたんですけど、店の場所とか名前は覚えてません」
「覚えてない?」
「ええ。かなり呑んだもんで、どうやって帰ったか覚えてないんです」
「領収書とかないですか?」
「ありません。あ!」
「どうしました?」
「女の子は、チナミって言う名前でした」
「・・・」

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「刑事! やりましたね。ホシが自供を始めました」
「やりましたね!」
「付かぬことを聞きますが、刑事はどうして地図に載ってない裏道をご存じだったんですか?」
「私は奥湯河原出身なんだよ」
「えーっ! それは知らなかった」
「偶然といえホシも運が悪い」
「ちなみにあの裏道は近道なんで遅刻しないよう毎日使ってたんだ」

17.注意一秒、ケガ一生

よく知られた交通標語ですね。他にも「ちょっと待て、車は急に止まれない」「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」などがあります。警察署単位、自治体単位で結構募集されてるようです。探してみました。

あせりは禁物 あさりは海産物
審査員達に受けたのは想像付きますが、交通標語から外れてるんじゃないかと心配になります。あさりの取れない地域では思い付かない標語です。こんなのはどうだろう。
「急ぎは禁物、イソギンチャクは禁漁」

スピード違反罰金10万円 ポーク卵定食650円
似たような金額比較のパターンが他にもありました。この看板の先に洋食レストランがあって道路脇に「ポーク卵定食650円」の看板があったら、標語で宣伝してるみたいに見えるので、向かいの「スパゲティ専門店ミラノ」から文句が入りそうです。しばらくして向かいの道路に「スピード違反罰金10万円 日替わりスパゲッティ600円」の看板が立つ可能性は否定できません。
人気のない山中にポツンとこの標語の看板が立っていたらちょっとシュールかも。

美人多し、わき見注意
余計危ない、って。

今日も無事故でご苦労様です
確かにご苦労様なんだけど、漠然とし過ぎてる。交通標語に限らなくても成り立つから、建築現場に立っていても不自然じゃないし、高速道路の出口に立っていてもいいけど、病院の手術室の横にあったらちょと危ない。

けんかするな、負けたら病院、勝っても監獄
交通標語じゃないけれど、旧正月に暴力事件が多いことから海南省白沙リー族自治県の警察署が出した横断幕だそうです。中国らしい損得勘定の入った標語で、かなり効果があったとか。

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標語の多くは五七調で、おそらく和歌の流れを汲んでいます。和歌と言えば短歌を思い浮かべますが、和歌には短歌以外に長歌反歌があります。長歌は五七五七五七と続き、最後が七七で終わるもので、長歌の最後に長歌の要約だったり追加する歌を反歌といい、短歌と同じ五七五七七の三十一文字で構成されます。反歌は一首でなく数首で構成されることもあります。
五七五はリズムがよく、読む時は「12、34、5、(ウン) 12、34、56、7 12、34、5、(ウン)」みたいな感じで 4 拍子で読みます。百人一首の読み上げもテンポは違うものの似ています。
長歌のように五七五七で構成される脅迫状が登場するのが「鼻先案内犬番外編 祈祷師高山宜定 恨みの手紙」です。
 鼻先案内犬番外編 祈祷師高山宜定 恨みの手紙はこちら >>

セリフが全て五七調のお話はかなりうっとうしいのでそれは止めといて、五七調で喋る登場人物を一人くらい登場させるはありかもと思ったりします。