87.小春日和のトナカイ

電子書籍を書いています。楠田文人です。
 電子書籍はこちら >>
サンタクロースが猫に仕事を依頼したことが判明した冬の日、トナカイ達は相談のため長老の屋敷に集まった。
暖かな小春日和の朝で、座敷からは遠くに頭に雪を被った富士山が見えている。何故トナカイの長老の家から富士山が眺められるのか。それは丹沢に住んでいたからである。
「冬だと言うのに、暖かいですなぁ」
「子供の頃だったら飛び出して行って、そこいらの原っぱで遊んでましたな」
「そうそう。あの頃は近所にいっぱい原っぱがあった」
「寒い時は『山茶花山茶花、咲いた道。焚き火だ、焚き火だ、ダイオキシン』って歌ったね」
「塀越しに、柿やみかんをよく取った」
「草っぱらで鬼ごっこをしたなぁ」
「最近の子トナカイは外で遊ばないんだね?」
「遊ぶ処がなくなっちゃったんじゃね?」
産業の発展、住まいの近代化などに伴って街も変わった。トナカイ達が外を眺める眼は、時代の移り変わりを哀しむそれだった。
「昔はよかったなぁ。学校の下の道を用水路沿いに行った角の店でアイスキャンデー売ってたよね!」
「知ってる、知ってる! あずきアイスとソーダアイスの2種類しかなかったんだよな!」
「そうだっけか? よく覚えてるね」
「俺はいつもあずきだったから覚えてない」
「それはそうと、サンタさんのソリが猫になった件、何か新しい情報は入ったか?」
「だめだ」
「待て! 静かにしろ!」
トナカイ達は騒然となった。壁際に設置された NORAD の信号受信装置の点滅信号が点灯し出したのだ。
「何故、緊急信号なんだ!?」

※ NORAD北アメリカ航空宇宙防衛司令部)は、北アメリカとカナダの航空や宇宙の人工衛星、各種ミサイルの安全な運用を目的とした組織で、クリスマスに宇宙を進行するサンタクロースの情報を発信したことで知られる

「サンタクロースのソリを、猫が引くようになったためのエラーじゃないか?」
「サンタクロースがそのことの届け出を更新し忘れたのか?」
皆が騒いでいる部屋にトナカイの長老が入って来た。
「皆、聞いてくれ」
トナカイ達は静かに長老の言葉を待った。
「皆も見たと思うが、NORAD から緊急情報が入った。宇宙人がサンタクロースに攻めて来たらしい」
「えーっ?」
「何だって!」
「今までは、我々トナカイがソリを引いていたが、今年から猫が引くことになり、試験的に引かせたところ宇宙人が攻めて来て、プレゼントを盗られた」
「なんと言うことだ!」
「プレゼントを取り戻さねば!」
「そうだ。どうやらこれまでは、我々トナカイがソリを引いていたので、宇宙人は恐れをなして近寄らなかったらしい」
「それを聞いてはじっとしておれん」
「そうだ! 取り返しに行こう」
かくして『宇宙人撃退プレゼント取り返しトナカイ軍団』が結成された。
この段階では、どこの宇宙人が攻めて来て、プレゼントはどの星まで持って行かれたのか解らないが、犯人は火星人か金星人で、盗んだプレゼントは月の裏側に隠されていることが多いらしい。

f:id:kusuda_fumihito:20200822175603j:plain

ここは新丸子の飲み屋街。蛍光灯の切れかかった「Pub 惑星」の看板。
トナカイの長老がドアを押して中に入る。
「いらっしゃいませ」
トナカイの長老はコートを預けてカウンターに座った。
「何に致しましょう」
「あるじ。火星人のビールをくれ」
「どきっ!」
見ると、あるじは地球人とかけ離れたバランスの目鼻口を持つ店の主人がおどおどしている。
「どうしてそれを…」
「儂は去年までサンタクロースのソリ引きを指揮しておった」
「業界をご存知で」
「ソリを遠くから眺めてる火星人や金星人を知っておる」
「当時はトナカイさんが引いてらっしゃるんで、恐れ多くてプレゼント盗みはできやしません」
「猫ならいいってか?」
「へへっ。まあ」
「いいか、あるじ。儂等はサンタクロースのソリ引きを解雇されて、お縄になっても困りゃぁしねえ。今回はお試しだが、サンタから奪ったプレゼントの山を返せ。さもないと次からは俺等もソリに付き合う。邪魔する奴ぁ許さねぇ」
しばらく睨み合いが続いたが、店の主人は折れた。
「判りやした。サンタさんのソリに手は出しゃしません」
トナカイの長老はゆっくり椅子を降りてコートを羽織り、店を出た。遠くからクリスマス・ソングが聞こえる。もうすぐクリスマスだ。