25.のこのこ村

電子書籍を書いています。楠田文人です。

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のこのこ歩くのこのこはのこのこ村に住んでいると言う。しかし、のこのこの姿を見た者はいない。通った跡が発見されると村人はのこのこの噂をする。のこのこはのこのこ歩くと言うが、どのくらい遅いのかこれも噂の域を出ない。

源爺さんは山のとうもろこし畑を荒らす三太郎狸を捕らえようと山に入った時、山道で何かが道を横切った跡を見付けた。一升瓶程の太さのものが草をなぎ倒し、土に跡を付けて道を渡っていたように思われた。
「何だこりゃ? 何か引きずってったんか」
ふと見ると道の先に狸が転がっていた。どうやら転んだ拍子に石で頭を打ったらしい。すぐ先に兎も転がっている。兎も転んで石で頭を打ったらしい。
「三太郎狸だ。手間が省けたわい」
源爺さんは狸を袋に放り込んで棒に括り付けた。
「しっかしまあ、兎まで。何でこんなところに転がっていたんだべ?」
兎は目を覚まし起き上がってふらふら逃げて行った。源爺さんは畑が荒らされていないことを確認して狸を担いで村に戻り、見たことを皆に話した。物知りの文三が言った。
「源爺さん。そりゃのこのこだ」
「のこのこだと?」
源爺さんは驚いた。あれはのこのこだったのか!
「そうだ。のこのこだ」
「のこのこって、まさかあの!」
楊枝を咥えた伊予吉が驚いている。
「昔から伝わる、やたら鈍い生き物か?」
「本当だったんか!?」
「何かの間違いじゃねーか?」
「山で見たっちゅう人がおったぞ」
狸袋をぶら下げた源爺さんのところに村人が集まって来る。
「何かが通った跡があったけんど、何も見なかったぞ」
「その狸が何よりの証拠。兎も転がっていたと言ったよな?」
「ああ。兎もおんなじように転がっていた」
「のこのこはな…」
村人達は一斉に文三の言葉に耳を傾けた。源爺さんは話を聞くために狸袋を下ろした。狸は逃げようともがいたので、蹴っ跳ばしておとなしくさせた。
「のこのこ歩くんで避けようとしても遅すぎて躓いてしまうんだ」
文三さん、意味が判らんぞ。遅いなら簡単に避けられるんじゃないか?」
「そう思うだろ。ところがそうじゃない。避ける、と言う動作は生き物が自然に会得した物理法則に従う。例えば飛んで来る物を避ける時、無意識のうちにそれがどんな放物線を描くか推測して避ける。飛んで来る物を捕らえる場合も同じだ。犬に餌を放ってやると落ちる場所を推測して受け止める」
「物知りだな」
村人達は一斉に頷く。
「おらんとこのタローは受け止めんのが下手だ」
文三は一郎太をちらっと見ただけで話に戻った。
「カメレオンっちゅう外国の蜥蜴は、えれー長い舌を伸ばして虫を捕らえるんだが、こん時も自分の位置と虫の位置の距離を見積もって正確に舌を伸ばす。こんな風に生き物は皆、無意識のうちに物理法則に従っている。ところがのこのこは違う」
村人達は固唾を飲んで続きを待った。
「のこのこの動きは物理法則を裏切る程遅いので、もう通り過ぎると思って足を出すと、まだ通り過ぎてなくて足を引っ掛ける。飛び上がろうとするから、飛び上がるかと思うと地面からちっとも離れない。兎も狸ものこのこが通り過ぎると思って走ったがのこのこはまだのこのこ歩いていて、足を引っ掛けて石で頭を打ち、気を失ったのだ」
「おおー!」
「何てことだ、そうだったんか!」
「知らんかった!」
村人は口々に驚きを表わした。

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文三さん」
一郎太が口を挟んだ。
「おら思ったんだが、生き物が皆、のこのこにぶつかって転がるんなら、のこのこの体は蹴られて傷だらけじゃないか?」
そんなことを考えたことがなかった皆は、一郎太の言葉で痛がっているのこのこを思い浮かべた。もちろん見たことないから全員別の、のこのこを思い浮かべていた。
「痛かっただろうなぁ」
「狸と兎だけじゃないだろう。熊とか鹿とか猿も蹴ったに違いない」
「可哀想だ」
「こりゃ、のこのこをのこのこ蹴りから守る算段をせにゃあかんな」
それからと言うもの、村人は山を歩く時は足元に気を付けるようになった。

のそのそ歩くのそのそはのそのそ村に住んでいる。