90.寒い日はお汁粉に限る

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突然台風がやって来て雨と風で寒い日が続きます。こんな日は暖かいお汁粉が一番。縁側や廊下だと寒いので部屋に入って畳の上で頂くのがよい。まったりと汁粉を頂いていると猫のクェンティンがじっと見詰めている。
「何だ!? クェンティン。お前も欲しいのか?」
「にゃあ」
「猫が汁粉を呑むなぞ聞いたことがないぞ」
「にゃわ」
私は汁粉を飲む手を休めて椀を机に置いた。自分の分を持って来て貰えると思ったクェンティンは行儀を正して待っている。私は台所に行き、小さな椀にクェンティンが飲めるだけの汁粉をよそって持って来た。
「にゃあにゃあ」
持って来たお盆を見たクェンティンは「早く寄越せ」とばかり待ちきれない様子でくるくる回っている。
「はい」
私はお汁粉を入れた小さなお椀をクェンティンの食べ物が置いてある皿の横に置いた。クェンティンはお椀に飛び付き、小さなお椀の真ん中を嘗めた。一頻りお椀を嘗めてから、次に中に入っているお汁粉の手前を嘗めた。まるでお汁粉を逃がさないとばかりに逃げ道を塞いでいるような感じだ。今度は中のお汁粉の右側、左側を嘗めて周囲の活路を分断した。そしてゆっくり真ん中に残ったお汁粉本体を味見している。
どうやらクェンティンは初めてお汁粉を食べたようには見えない。やはり只の猫ではないな。するとピンポーンとチャイムが鳴った。
「はい」
「こんにちわ」
ビルさんだ。
「どうぞ」
ビルさんは近所に住んでいる、見た目は普通の紳士だけど実は蜥蜴が化けている人だ。化けてると言っても我々に危害は加えるためではないので特に気にはしていない。都合上、人間に化けているらしい。
「今日は?」
「お宅からお汁粉の匂いがしまして、気になったものですから」
「一口いかがですか?」
「お相伴させていただけますか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
ビルさんは喜んで上がって来た。クェンティンは誰が来たかと部屋から廊下に出て来て、ビルさんの足の匂いを嗅いでいる。

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「やはりお宅のお汁粉は一味違いますね」
「おや、そうですか?」
「何と言うか、味で語りかけて来る感じがします」
お汁粉にそう言う味を考えていなかった私は驚いた。もう少し続きを聞いてみよう。
「例えばどんなことを語りかけている感じなんですか?」
そんなことは作ったから判っているだろうと言われたらお終いなのだが。
「強さを感じさせます。押さえられた甘さが返って芯の強さを表現しています。お宅の猫さんも気付いていらっしゃるようですよ」
クェンティンにも判っていたのか、あの態度はそのせいだったか。
「ビルさん、お願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「このお汁粉を狙って連中が襲って来る気がするのですが…」
「そうですね。この匂いは外にも漂ってる。来ることを準備しておいた方がいいかもしれませんね」
と言う訳で、私とビルさんは連中を迎え撃つ体制を取ることにしたのだった。