84.夏のトナカイ

電子書籍を書いています、楠田文人です。
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コロナがぶり返したような世の中、梅雨の空は曇り続きで外に出られず、他にすることがなくて冷蔵庫の整理をした。テーブルの上に広げながら冷凍食品の取捨選択をしていると、外で何やら動くものが視野の端に入る。
何だ!? 片付けの途中だったけど手を休めて庭を見ると、塀の隙間から道で何かが動いている。着ていた服が赤いことだけは判った。かすかに枝葉のすれる音、その人が出している音なのか、風が強く吹いていたからなのか判らない。まーしかし、特に何か問題があった訳ではないので、そのままにしていた。
昼過ぎにサンダルを突っかけて外に出てみた。赤い服が動いていた辺りに小さな緑色の紙袋が落ちていた。
「何だ、これ?」
薄い紙でできた袋で、そうだな、昔の駄菓子屋の袋か、秋葉原のガード下の店で部品を売る店がトランジスタを入れる袋か、祭りの夜店で商品を入れる袋に使われているような懐かしい紙の袋だった。ハトロン紙って言ったっけ。何か入っている。
そっと口を開けてみた。
「お守り?」
中に入っていたのは、硬めの紙に留められた小さな金属製のサンタクロースだった。ミニチュアか? ブローチではなさそうな。でっぷり太って横の丸太に腰掛けている。プレゼントの大きな袋は丸太の横に寝かせてある。
車の音が聞こえて来た。乗用車ではない、もっと大きなワンボックスカーの音だ。向こうの角を曲がってこっちに向かって来るのが見えた。世界的に有名な宅配便のマークが書かれている。
キィー! 隣のコンクリ塀の手前で止まり、降りて来たのはなんと! 三頭のトナカイだった。スーツを着こなしている。
「ここいら辺で落としたの」
「よしっ。しらみつぶしに探すんだ!」
「へいっ!」
どうやら一頭はメスで残りの二頭はオスらしい。二頭は車を降りた手前から大きな虫眼鏡を使って丹念に地面を探し始めた。
私はこの紙袋を探しているんだろうな、と思った。
「すいません」
トナカイはぎょっとして私を見た。尤も、トナカイがぎょっとした顔をしたのは初めてだったが。
「何ですか?」
トナカイ達は手を止めて近くにいたトナカイが聞いた。
「もしかして、探してるのはこれですか?」
私は先程拾った紙袋を見せた。
「あらっ! どこに落ちてたの!?」
「ありがたい!」
トナカイ達はこれを探していたのだ。
「中身を検めさせてもらって、いい?」
メスのトナカイが聞く。別に拾ったものだからとうなずいた。
トナカイは袋の中を見て安心している。
「ありがとう」
横から覗きこんだ他のトナカイも納得しているようだ。
「何ですか?」
私は思わず聞いた。トナカイ達は顔を見合わせている。言っていいものかどうか無言で相談している。
「いいでしょう。私達は反セントニコラス会のメンバーなんです。今年からサンタクロースが、プレゼントを配達するソリを引くのに馬や犬を使う事を検討し始めたため、それに対する反対運動をしているんです」
「鹿とか犬とか、猫とか狸に頼むって情報もあるんですよ。無理ですよね」
クリスマスが変わりそうだ。これもコロナの影響か。
「俺は、象に頼むって聞いた」
「ハムスターが候補に上がってるらしい。あり得ないし」
想像上のサンタクロースのソリはかなり賑やかだ。

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帰り支度をしているトナカイが言った。
「クリスマスプレゼントを近所に配るだけでもたくさんあって大変なのに、サンタさんったら、世界中に配るんで、年の半分、こっちは準備でてんやわんやなんですよ」
「大変だね」
「サンタさんはプレゼントに関係ない季節、世界中を回って招待されて、いいですけどね」
物事には、裏のフォローがあって初めて成り立ついい例だ。しかし、さっきのサンタクロースのミニチュアは何だろう?
「サンタさんのミニチュアを拾う前に、実物大のサンタさんがいたと思うんだけど・・・」
私の言葉にトナカイはどきっとしたようだった。
「見られましたか。それは元の大きさのサンタさんです。そのサンタさんをミニチュア化しました」
「ミニチュア化!?」
「ソリを他の動物に引かせず、私達の要求を聞いてもらうためです。もう行かねばなりません。失礼します」
トナカイは宅急便のワンボックスカーに乗り込み発車した。私の知らない世界で争いが起きているのだ。