80.裏猫

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外を見ると、車庫、路地、向かいのお宅が見えます。時折、ぶらぶら猫が歩いて行く。路地の奥には家が三軒あって、そのうちの二軒では猫を飼っている。二匹と一匹のようです。
茶トラさん、キジトラさん、三毛さん、皆、顔馴染みですが慣れている訳でははありません。飼い主である御主人と奥さんの顔は知ってるけど、どの猫がどの家で飼われているか覚えていません。猫さんの名前も知らないし。
それぞれの猫さんの行動パターンは違っていて、三毛さんはあまり路地を使わない。離れたところ、道路をだいぶ行った先の道で見掛けることがありお宅の裏から出て行くらしい。
茶トラさんとキジトラさんは路地から出て行く。ことにキジトラさんの方はうちの庭を散歩ルートにしていて、路地から車庫を通ってうちの庭に入り、縁側で寛いだり、庭に置きっぱなしのサンダルの上で昼寝をしたり(冬は地面にあるタイルが冷たいので)、木戸の下から道路に出て他のお宅を探索する。茶トラさんは路地を出た左の方がテリトリーらしい。
キジトラさんには時々遭うし、向こうも顔を覚えてるらしく、一瞬立ち止まってこちらを見る。キジトラさんは
「何? どうする予定?」
って感じで止まってこっちを見てる。恐がってるのではなさそうです。別にいじめたりしないし。
キジトラさんはうちの縁側でお休みになってることが多い。
「ふわー! ここは誰も来ないから楽だにゃー」
って感じでのんびりしてる。縁側は隠れたところにあるので人とか猫は通らない。庭の方は三毛さんも通ることがあるし、隣の庭で仕事をする人からも見える。声を掛けて見た。
「キジトラさん」
「だ、誰?」
「この家の、私なんですが」
「なんだ! 驚かすなよ」
「いや、ちょっと聞きたいことがあってさ」
「何?」
「最近、三毛さんと、茶トラさんを見ないんだけど、どうしたの?」
キジトラさんは鼻先で笑いながら言う。意味ないのに欠伸をしている。
「下の方に、新しく工場が出来ただろ」
下と言うのは、この辺りの住宅は坂の上なので、坂下に出来た工場のことを言ってるようです。工場は庭とは反対側にある。
「白い大きな建物だっけ?」
「鰹節工場だ」
「へぇ!?」
「三毛は、裏のごみ捨て場に入り浸って、鰹節の屑を貰ってるらしい」
それは知らなかった。そう言えば散歩でも下の道はあまり通らない。
「鰹節工場はいつ出来たっけ?」
「今年の三月」
「やっぱり」
春先から街中で他の猫に出会うことが多くなったのだ。もしかすると、皆、鰹節の屑目当てて来てたのかも。
「下の工場近くは、増えた猫がうろうろしてるけど、この庭まではまだ他の猫は入って来ない」
「そんなに増えたんか?」
「凄く増えた。鰹節を出荷する日と、鰹節の屑を掃除する日は、特に多い」

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「おっ!」
キジトラさんが何かに気付き、塀の方を見た。見たことのない黒猫が塀の上を歩いて行く。
「知ってるか?」
キジトラさんは首を振った。
「鰹節を狙って来たやつだ。もうここまで顔を出したのか?」
「あ、雨だよ」
黒猫の頭に雨が降っている。庭の植え込みにも雨粒が当たって葉っぱが揺れ動いている。雨の季節が続くと、鰹節工場の入り口にはポリビニールのカーテンが下げられて猫達は暫く、通うことが出来なくなりそうだ。