62.早起きは三文の得

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夏は割と早く起きて涼しいうちに作業していて、この言葉を地で行ってる感じです。そのせいか、昼近くなると眠くなっちゃうしお金は溜まらない。
調べてみました。元は中国の書物から来ていて、それとは別に由来が二つあるらしい。

1.高知説
堤防の土を、早起きして踏み固めると三文貰えるところから言われるようになった
2.奈良説
早起きして、家の前の鹿の死体を片付けることから言われるようになった

何だ? 家の前に鹿の死体だって?
奈良では、鹿が春日大社の神様のお使いとして敬われています。神様は白鹿に乗って現れるとか。
山麓には大きな鹿舎があって、養鹿家の人達が飼育してる訳ではありません。放し飼いみたいなものだから、病気に掛かるし、運が悪いと死んじゃう。性悪者が鹿を殺めることもある。鹿が家の前で死んでいた場合、三文の罰金が科せられるようになった。「生類哀れみの令」も関係してるらしい。
そこで、奈良の人は朝起きると玄関の戸前に鹿が死んでないか確かめる。それだけじゃみっともないから次いでに家の前を掃除するようになった。「朝の死体掃除運動」とか言ったのでしょうか。お陰で道がきれいになった。
もうちょっと調べて見ました。奈良の興福寺が神仏集合の時代に春日大社の守護もするようになり、結果として奈良全体の警備に当たり、その流れで鹿も保護したらしい。実際に鹿を殺めたために処罰を受けた人の伝説が残っています。

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一方の高知説はと言うと、堤防を歩いて踏み固めると、三文のお駄賃が貰えるって言うお触れが出たことが元になっているらしい。お上が工事を楽に完成させようと企んだようです。
朝になると、どこからともなく人々が集まって来て、話しながら堤防沿いの道をぶらぶら歩き始める。中には、せっかちな者が歩いてらんない、ってんでランニングを始めたり、堤防の道は大賑わい。

「お奉行様。どちらに行かれます?」
「堤防を見て来ようと思ってな」
「おお、三文駄賃の具合ですな」
「そうじゃ」
「お供してよろしいでしょうか?」
「構わん」
二人はのんびり堤防に向かって出掛けた。いつになく道ゆく人が多い。
「何ぞ、あるのかな? おお、これこれ、そこな女」
奉行殿は男達が行き過ぎた後、一人歩く女に声を掛けた。
「はい、何でございましょう」
「皆して歩いているが、何ぞあるのか?」
「嫌でございますよ、お侍様。ご存じのはず。この先の海沿いの道を端から端まで歩くだけで三文の駄賃が頂けるってんで、村中大騒ぎでございます。ほら。私なんぞ固いぽっくりを履いて来たのでございます」
女はおしゃれなぽっくりを見せて、恥ずかしそうに立ち去った。
奉行は嬉しそうだ。
「お奉行様、三文駄賃の策、うまく行きましたな!」
「わっははは」
浜へ下りるところに来た時だった。大勢の人が並んで堤防を歩いている。
「何じゃありゃ!?」
人より目立ったのは屋台だった。堤防にずらっと並び、あちこちの屋台に人が集まって何か食べている。屋台によっては行列が出来る程の賑わいだ。
「こ、これは!?」
先ほどの女が団子を頬張りながら通り過ぎようとした。
「これ、女! この屋台は何じゃ?」
「三文屋台れ、ほらります。ごくん」
女は食べていた団子を飲み込んだ。三色団子のピンクのやつだ。
「三文屋台だと!?」
「はい。堤防を踏み固めていただいたお駄賃の三文で買える分だけの、三文屋台です。どっと増えました。焼鳥一本、団子一本、せんべい、餅、汁粉など、色々ですわ。みんな三文で買える!」
「成る程。考えたものじゃ」
「お奉行様! あそこに蕎麦の屋台がございます!」
「蕎麦が三文で食えるのか?」
女が言う。
「お江戸では六文と聞きますけど、ここの屋台で出すのは三文分だけで、三文蕎麦と言うそうですよ」
「それより女。あの行列は何じゃ?」
「あれは男衆の履くわらじの店です」
「わらじが三文か!?」
「止めとけ。安物じゃ」