20.読書感想文

 電子書籍を書いています。楠田文人です。

 作品はこちら >>

「新海くん」
「何? 先生」
「こないだの読書感想文だけどね」
 校庭に行こうとしていた新海くんは、何だろうと言う顔をして先生を見た。
「『おもしろかったです』しか書いてないじゃない?」
「うん。おもしろかったんだもん」
「どうおもしろかったのか全然判らないよ」
「だって先生、感じた通りに書きなさいって言ったじゃん」
「そうだけど、それじゃ読んだ人に伝わらないのよ」
「…」
 新海くんは先生の言う意味が判らないらしい。
「ちっちっち」
 先生は人差し指を振り子のように動かして言う。
「例えば鼻先案内犬だったらさ、捜査員さんがあんぱんをたくさん買ったのがおもしろかった、とか、三月堂さんが探し間違ったと思ったけど合ってたのが凄かったとか、読んでない人にも判るように書かなきゃだめよ」
「ふうん。そしたら、読んでない人に判るように書きなさい、じゃん。感じた通りに書きなさいってのは嘘?」
「いや、嘘じゃないけど、どう言う風に感じたのか判らないのよ」
「判りたいんだ…」
 別に判りたくないけどさ、と喉ま出掛かって止めた。
「いいわね? 書き直して持って来てね」
「へーい」
 不満そうな新海くんは校庭に走って行った。
 放課後、先生は他の子供の読書感想文を採点し終えて、付箋を付けて除けておいた新海くんの読書感想文に目をやった。
『どんな本を読んだんだっけ? 題名を忘れちゃった』
 先生は、新海くんが読んだ本の題名を見た。
 ぶふぉっ! 「かつ上げ安次の生涯」だとぉ!!!!
「何じゃこりゃ!?」
「どうしました?」
 思わず上げた声に気付いて教頭先生がやって来た。
「読書感想文を書かせたんですけど、新海くんの読んだ本が『かつ上げ安次の生涯』って言うんです」
「ああ、あれね。面白いけど、ちょっと子供には早いかな」
「教頭先生、ご存じなんですか!?」
「い、いや、題名を知ってるだけで、べ、別に読んだ訳じゃないですからね」
 何故か教頭先生はしどろもどろになる。怪しい。そんな本なのか。
 翌日の昼休み新海くんが原稿用紙を持って来た。
「先生、書いたよ」
 書き直した読書感想文だ。
「はい。それじゃチェックするわね」
 先生は放課後に読もうと思って、読書感想文を書類の上に置く。
 授業が終わって一息ついた先生は新海くんの読書感想文を思い出し、開いて読み始めた。
『安次はひともうけしようと、となり町のお祭りで出店を出したけれど、となり町のお祭りは親分がしきっていたのを知らなかったので、ぼこぼこにされて店はこわされてしまいました。一文なしになった安次はかつ上げを思いつき、道で会う人からかつ上げをしました。おどかし方がおもしろかったので、まねてみようと思いました』
「ちょ、ちょっと!」

f:id:kusuda_fumihito:20180105163147j:plain

私(楠田文人)の作品の読書感想文は
「おもしろかったぁ!」
だけで充分です。
「捜査員さんがあんぱんをたくさん買ったのがおもしろかった」とか、「三月堂さんが探し間違ったと思ったけど合ってたのが凄かった」とか、じゃない。
「どうおもしろかったのか全然判らないよ」
って言われたら
「全部合わせておもしろかった!」
と言って貰えるのがうれしいからです。先生、ごめんなさい。

19.天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず

電子書籍を書いています。楠田文人です。

 作品はこちら >>

「天網恢恢疎而不失」道教の始祖、老子の言葉です。天の網は目が粗いようだけど、悪事を働く者を見逃すことはなく、必ず捕まえる、と言う意味で「恢恢(かいかい)」は「広い、大きい」ことを表します。「疎」はスカスカって意味ですね。自然の摂理に逆らわず、己の欲を充たそうとすれば罰が当たる、それを天は見ている、みたいな思想から来てるのでしょうか。
英語版。

  The meshes of Heaven's not are as wide as the sea but let nothing through.

海みたいに広いって空の方が広いし、「Heaven」と「天」は意味が違う気がするけどまあいいか。
天の張った網が悪人を捕まえるところを見た人がいるのだろうか。

「お師匠様」
「何じゃ、恵海」
「おら、天網見たい」
「そら無理じゃ」
「見た者はおるのか?」
「人の目に入らんくらい大きくて広いんじゃ。だから見た者はおらん」
「見た者がおらんのに、何で老子様は知っとるじゃ?」
「そら老子様は天網に引っかかって、転んだことでもあるんじゃなかろうか」
「は!?」

「恢恢」を含む言葉は「天網恢恢疎而不失」以外に使用例が見付かりませんでした。「恢恢」で調べると「天網恢恢」に、「天網恢恢」で調べると「恢恢」に、辞書のループ状態で他の用例が見付からない。「天網」で探すと「天網之漏(てんもうのろう)」があり、天の下す罰から逃れることを言うらしいです。老子様、抜け道があったぞ。

「お師匠様」
「何じゃ、恵海」
「魚獲り網は網目があって、水は網目から漏れるけど魚は網目より大きいから逃げられんよな」
「そうじゃ。じゃが天網は人の目に入らんくらい大きくて広いんじゃ」
「大きくても悪事は漏らさぬなら、天網から漏れるものは何だ?」
「悪事でなければ見逃す、と言うことじゃ」
「しからば、どこからが悪事なんだ?」
「天網が見逃せば悪事ではない。見逃さぬものが悪事じゃ」
「こっちもループかい!」

近松門左衛門浄瑠璃心中天網島」は、心中の舞台が網島で天網に掛けた題名だそうな。知らなかった。人は因果から逃れられないのですね。
現在中国で人民監視のネットワークとして「天網」が稼動しているとか。英訳するとターミネーターに登場する「スカイネット」になるので欧米では「天網」を「スカイネット」と呼ぶようです。映画の中とは言え杞憂でなければいいけど。

f:id:kusuda_fumihito:20180101105403j:plain

 古代中国の術師が登場する「東多魔川鉄道物語」はこちら >>

「杞憂(きゆう)」のは、古代中国の杞の国の人達が空が落ちて来るんじゃないかと憂いたことから、在り得ない心配事を杞憂と言うようになったらしい。落ちて来る空ってどんな物だと想像してたんだろう。雲とか霧みたいな物だろうか。それとも硬い物を想像してたんだろうか。落ちて来る時は小さい空の破片がぱらぱら落ちて来て、その後大きな空がどぉーんと落ちるのだろうか。
調べてみました。当時世界は平らで四角く、四隅の柱が天を支えていると考えていたそうです。成る程。誰か悪い奴が柱を倒しちゃったら空が落ちるかもしれない、って心配だったんだ。大丈夫です。ご安心ください。そんな悪い事をすれば天網が捕まえますから。

18.付かぬことを聞きますが

電子書籍を書いています。楠田文人です。

 作品はこちら >>

「12 月の最初の週の土日、何してました?」
「最初の週ですか」
「ええ、2 日、3 日です」
 どきっ。
「えーっと、ああそうだ。土曜日に久しぶりに会った友達と新橋で呑んで、呑み過ぎて日曜日は二日酔いで寝てました」
「新橋ですか・・・。奥湯河原であなたを見たって人がいるんですけどね?」
 どきっ。
「人違いでじゃないですか?」
「余りにも偶然でね、私も人違いじゃないかと思ったんですよ。でもね、地図を見たら現場のすぐ近くなんですね」
「奥湯河原ってバスの終点が温泉で、交通の便が悪いところですよね? 行ったことないけど」
「大きな地図には載ってませんけどね、地元の人しか知らない舗装されてない山道がありましてね、それを使うと現場まで車で二十分くらいで行けるんですよ」
 ぎくっ!
「どうしました?」
「い、いえ何でも」

「付かぬ」ことはそれまでの文脈とは関係ないことで、関係する場合は「付いて」になります。それまでの話に「付かない」ことを聞く訳で、現代の言い方で言えば「それとは関係ないんですが」とか、「ちょっと別の話になりますが」とか、「話変わるけどさぁ」みたいな感じでしょうか。考えようによっては非常に便利な言葉で、刑事が容疑者の意表を付いて反応を見たり、会話が詰まった時や話を変えたい時などに有効活用が望めます。
但し
・付かぬことを伺いますが
・付かぬことを聞きますが
とか、必ず質問が引っ付いて来て、
・付かぬことが落ちてました
・付かぬことが溝にはまって結構困りました
など、他のパターンでは使われないようです。

付かぬことの逆に「ちなみに」と言う言葉があります。こちらは、それまでの文脈に関係したことを聞いたり、確認したりします。
「ちなみに新橋では、どのお店で呑まれたんですか?」
「2~3 店はしごしたんですけど、店の場所とか名前は覚えてません」
「覚えてない?」
「ええ。かなり呑んだもんで、どうやって帰ったか覚えてないんです」
「領収書とかないですか?」
「ありません。あ!」
「どうしました?」
「女の子は、チナミって言う名前でした」
「・・・」

f:id:kusuda_fumihito:20171226122823j:plain

「刑事! やりましたね。ホシが自供を始めました」
「やりましたね!」
「付かぬことを聞きますが、刑事はどうして地図に載ってない裏道をご存じだったんですか?」
「私は奥湯河原出身なんだよ」
「えーっ! それは知らなかった」
「偶然といえホシも運が悪い」
「ちなみにあの裏道は近道なんで遅刻しないよう毎日使ってたんだ」